第7話 馬車に揺られて
数週間後、私は新調した高価な服を着てアランと馬車に揺られていた。王都で市場に野菜を出す近所のおじさんに頼んで乗せてもらったのだ。野菜の間に座っているので窮屈だが仕方ない。
夜の暗闇の中、隣を見るとアランがウトウトと眠たそうにしている。私は早めに寝て夜中に合流したのだが、アランはその前に野菜の収穫やら積み込みの手伝いをしていたので寝ていない。
「アラン、眠いなら膝を貸してあげるわよ」
「う~ん」
いつもなら『ばか!』と叱られそうな言葉を投げかけても反応が薄い。軽く膝を叩いてみせると、アランは躊躇なく頭を乗せて眠ってしまった。
「おやすみなさい」
私はアランのふわふわな髪をゆっくりと撫でる。平民には茶色い髪が多いのだが、アランの髪は前世で言う小豆色に近い。日に透けると赤にも見える髪はとっても美しい。私は夜中であることを残念に思いながら、アランの髪を見つめていた。
『私、あなたの黒髪が大好きよ。日に透けると青く輝いて、とっても綺麗』
これはヒロインが魔導師団長の息子を攻略した際に言う台詞だ。
この世界には魔法があり、国内の貴族のほとんどが魔法を使うことができる。厳密に言えば、自然に使えるようになる者と神殿で契約してはじめて使える者とに別れるのだが、気にする者は少ない。魔力の質などゲーム内ではこの二つの違いについて語られているが、契約を済ませてしまえば後は出来ることに差がないので、私はよく覚えていない。
高位貴族には自然に使えるようになる者が多いが、そうでなくても神殿でお金を払えば良いだけだ。貴族にとっては大した金額でもない。ただ、魔導師団長の家だけは魔法に対して高い矜持があり、神殿に行くのは恥ずかしいことだと考えていた。
『もし、神殿に行っても魔法が使えるようにならなかったら、僕はどうすれば良いんだ』
攻略対象者である魔導師団長の息子はヒロインと出会った頃には魔法が使えない。子供の頃に神殿に行ってしまえば良かったのだろうが、親が息子を恥に思い行かせなかったのだ。その親も学園入学に際して神殿に行くよう進めたが、今度は本人が怖くなって拒否してしまったという設定だ。
『大丈夫よ。日に透けると青色に輝く綺麗な髪だもの。きっと水の魔法が使えるわ』
髪色には魔力の質が現れる事が多い。ヒロインは励ますものの、魔導師団長の息子は踏み切れない。そんな彼にヒロインは奇策に出る。その舞台もこれから行く図書館だ。
「うわぁ!」
アランが叫びながらガバリと起き上がる。私はその声に驚いて、思考から抜け出した。隣を見ると、アランがキョロキョロ周囲を見回している。
「おはよう、アラン。少しは眠れた? 膝を貸してあげたんだから感謝してよね」
「あ、ああ。よく眠れ……簡単に膝なんか貸すなよ。驚くだろう」
登り始めた朝日を浴びて、アランの顔は真っ赤だ。
「ごめんごめん。他に思いつかなかったの」
「いや……その、ありがとう」
「どういたしまして」
アランがもじもじしながらも、きちんとお礼を言ってくれる。私の弟分は今日もかわいい。
私はアランが落ち着くのを待って、先程考えていた事を慎重に切り出した。魔法が使えるかどうかは、孤児にとってデリケートな問題にもなりうる。平民の両親からは魔法が使える者など滅多に生まれない。
孤児になる理由は様々だ。
「アラン。魔法が使えるか無料で調べられるんだけど知りたい?」
「それって本当か? 調べられるなら知りたい!」
私がじっくり観察しても、アランに憂いは見当たらなかった。それどころか驚くほどワクワクしているのが分かる。知ることの意味を理解しているのだろうか? アランの出生については聞いたことがない。
「でも……魔法が使えるとなると、その……」
私はつい探るように聞いてしまう。
「親が貴族だろうが平民だろうが今更何も変わらないよ。魔法が使えれば、ジャンヌの力になれる。俺にとってはそっちの方が大切だ」
「ありがとう」
アランは笑い混じりに私の頭を撫でる。アランの見せる強さには、いつも勇気付けられる。早くなった鼓動には気づかないふりをした。
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