第6話 バッドエンド
私の説明を聞いたアランは黙って考え込んでしまった。私の身に起こる事で、こんなに真剣に悩んでくれるのだから本当に優しい弟分だと思う。
「でも、そこまで心配することはないのよ。ここに逃げ帰ってバッドエンドになっても、ヒロインは幸せになれるんだもの」
「『バッドエンド』? 災害龍に殺されるときと同じ言葉……」
呟いたアランの顔が青を通り越して真っ白になっている。フォローのつもりが失敗したらしい。
「あーっと、言い方が悪かったわね。幼馴染エンドとでも言えば良いのかな? 心が折れて孤児院に帰ってきたヒロインは、『昔なじみの年上男性と結婚して、穏やかに暮らしました』って感じで終了するの。『昔なじみの年上男性』って誰だろうね。ゲームではテキストだけだったし、
「あ、ああ」
「ちょっと、何でアランが赤くなるの?」
さっきまで白かったアランの顔に赤みがさす。というか、みるみるうちに真っ赤になってしまった。今日のアランの顔色は忙しい。
「……」
「もしかして、誰か心当たりの人がいる? 私の事を好きだって言ってたとか?」
「そ、そんなの知るか!」
「そっか。本当に誰なんだろう。特別に仲が良い人もいないし分からないのよね」
思い浮かぶ顔はどれも乱暴者で、結婚相手に相応しいとはあまり思えない。大人になれば素敵な青年になるのだろうか? そうなったらなったで、私を選んでくれる気がしない。
「と、とにかく『聖女の花』を用意すれば良いんだろう? 病気になる時期が分かるなら、具合が悪くなったらすぐに飲めば良い」
「うん、そうね」
用意する方法が分からないからこんな話になったはずだが、指摘せずにアランの言った言葉をノートに書いていく。
【聖女の花を手に入れる】
【具合が悪くなったら飲む】
「……もしかして、図書館に行けば何か分かるんじゃないのか? 『ヒロイン』は『攻略対象者』とよく出入りしてたんだろう?」
「国立図書館?」
「そうだよ。お金を払えば誰でも入れるんだよな?」
国立図書館とは王都にある施設で、乙女ゲームの中でも二つあるミニゲームのうち一つが行われる重要な場所だ。ヒロインは自習に使っていて攻略対象者と交流していたし、ゲーム内で必要になる情報が集まっていてもおかしくない。
「アラン、すごい! きっと、図書館よ。今度行きましょう」
「そうだな。そこで冒険者ギルドにある薬草辞典のすごいやつを探せば良いよ。きっと、その花の情報も書いてある」
「そうね」
そういえば、ヒロインは傷を治す治癒薬を聖女の力で作るために、薬草などの情報を図書館で得ていた。これはかなり希望が持てそうだ。
私が図書館とノートに書いて満足していると、ため息が聞こえてくる。つられるように顔を上げると、アランが呆れ顔でこちらを見ていた。
「全部解決したって顔をしているけど、『バッドエンド』は夏休み前だけじゃないんだろう? 冬休み前は何があるんだ?」
「今から話そうと思っていたのよ」
私はすっかり忘れていたなんて言えなくて、ちょっと怒ったように言う。アランの目が『この嘘つき』と責めている気がして、そっと視線を外した。
「それで?」
「大丈夫よ。二学期のバッドエンドはね……――」
二学期末のバッドエンドは言ってしまえば友情エンドだ。攻略対象者よりも第二王子の婚約者である悪役令嬢と仲良くなってしまう。そして、最終的にヒロインは悪役令嬢の支援を受けて隣国に移住するのだ。身分制度のない隣国のほうがヒロインには合っていると、悪役令嬢が熱心に勧めた結果だとゲームでは語られる。
「うわっ! それって、本当に友情なのか?」
「アラン、鋭い! たぶん、ヒロインは追い出されたのよ。本人が気がついていたかは分からないけど、バッドエンドだからね」
現実の隣国へは、学力試験を突破し寄付金を払わないと移住できない。移民の流入を制限するためで、悪役令嬢の支援はヒロインには有り難かっただろう。ただ、ヒロインに送られる脅迫状や誘拐に関わっている悪役令嬢が優しさだけで支援するはずがない。
「なんか怖いな。まぁ、とりあえず対策するなら、それも図書館だな。隣国の情報くらいあるんじゃないか? 庶民の憧れの国だもんな」
「うん」
前世日本と共通点も多い世界だ。ガイドブックぐらい置いてあっても驚かない。
「ところで『バッドエンド』になったときには誰が災害龍と戦うんだ? 恋愛関係にならなくても一緒に戦ってくれる奴が誠実で良いだろう? どうせなら、そいつを『攻略』しろよ」
「なるほど」
確かにその通りだが、一学期と二学期のバッドエンドでは災害龍討伐については語られない。ヒロインのその後について短いテキストを見せられた後は、オープニング画面に戻されてしまうのだ。
「なんだよそれ。省いて良い内容じゃないだろう」
一生懸命噛み砕いて説明すると、アランはため息交じりに言った。仕方がない。そういうゲームなのだ。
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