§ 4ー7 12月24日② 現実を覆う雪
--神奈川県横浜・郊外--
この道を前に通ったのはいつ頃だろうか。高校生のときに数回歩いた道。無意識に、あまり思い出さないようにしていた記憶が、現実と混ざり合い、当時のことを
帰り道。小学生だった凛が泣いていたこと。父が無言だったこと。母が
この冬一番の冷え込みの夕暮れ時に、横に並んで歩く彩に何も言えずに目的地に脚を進めていた。
彩が肩にかけている大きめのいつものバッグ。それを見る度に、いつも言葉が出なくなる。「もういいんじゃないか……」と何度も口からこぼれそうになった。今もそうだ。でも、言えない。このバッグを肩に持つ
花も葉も何も身に着けていない桜の並木通りを通り過ぎると目的地の入口に
そう、彩のお母さんが入院している病院だ。
♦ ♦ ♦ ♦
「こっちだよ」
不安も
4Fのクリーム色なのに無機質な廊下を、慣れた足取りで進む彩に連いていく。前を歩く彩との間をロープで
「ここだよ」
廊下の突き当りの病室の前で立ち止まる。彩はこちらを向かずに閉まったドアに手をかける。金属のドアノブを
「……驚かないでね」
静かに
♦ ♦ ♦ ♦
ベッドに
「お母さん、今日は颯太が来てくれたよ」
異様さに平然と近づき耳元で
「紅茶を持ってきてくれたの? 遅かったじゃない」
ただ心が凍てつく。穏やかだが
「違うよ、お母さん。颯太だよ」
「あなたは誰? 知らない……誰? やめて、来ないで!」
彩を凝視し、急にヒステリックに叫び出す。ベッドが
「ああ”あ”あぁぁ! やめてぇぇぇ!! ああ”あぁ!」
その腕に
目の前の光景は、彩にとっての日常。
その日常こそ、彩にとっての『罰』。
家族を壊す原因と生き残ってしまったことが、彩にとっての『罪』。
♦ ♦ ♦ ♦
すっかり日が沈んだ寒空の屋上。自動販売機で買った温かいミルクティーのペットボトルを2人それぞれ手に持ち、青いベンチに座る。
「驚くよね? ごめんね、颯太」と視線を下げる彩。
「こっちこそ、ごめん……」と自分のすべてを
「謝らないで。颯太は何も悪くないんだから……、今日は来てくれて嬉しかったよ」と我が身のことを
「いや、俺から来たいって言ったのに、何もできなかったから……」と顔を見れない颯太。
「颯太が気にすることじゃないからね、ホントに。そんな落ち込まないでいいんだから」と紅い傷のことなど忘れたかのように
「…………」無理くり笑顔を作ろうとしても作れない颯太。
「…………」大丈夫、と語りかける、無理にでも作った笑顔の彩。
言葉を失った空間に、突然響く。
フフフフーン、フフフ、フフ〜♪
懐かしいメロディ。昔、彩がよく歌っていた曲。楽しげに
「おれが演奏するから、彩が歌えよー」
小学6年の頃だ。父が引くクラシックギターが格好良くて、自分にもできるはずと得意げに言ったセリフ。
「えー、颯ちゃんには無理だよー。ギターって難しいんだよ?」
そう疑う彩にムッとする。
「じゃぁ、約束な! 絶対弾けるようになってやるからなー!」
彩は
「いいよ、約束ね。
そんな懐かしく忘れていた約束を今になって思い出す。そういえば、父にねだって
そんな歌に連られたのか、静寂の空からハラリハラリと氷の精が舞い降りる。
「あ! 雪! 雪だよ、颯太♪」
「ホントだ。どうりで寒いと思ったよ」
「ほら、颯太。ホワイトクリスマスを楽しも♪」
「……そうだよな!」
ホワイトクリスマスの夜。シンシンと振り重なる氷の精。パッと明るく照らす笑顔。
何のためにここに来たのか。絶対に守らなければならないから。
父との再会の約束を。
彩のお母さんの言葉を。
自分の内の魂を。
そして、彩を……
半分以上残っているペットボトルを脇に置く。白い精に
紅い傷のついた左腕を、その手を、必死に、切実に、壊れないように、右手で優しく握る。
握られた手を見つめる。チラッと颯太を見て、また視線を外す。その代わりに握られた手を慎重にゆっくりと返し、手のひらを合わせる。指は互い違いに。
触れられない、触れてはいけないと
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