第560話 見送り
最近ウチの国は忙しい。
俺がガキの頃に国にあった迷宮が全部潰れた。
迷宮は生産地であり敵性生体の棲家であり国にとっての守りだ。
守りのない国は崩壊が早い。
王族の多くは帝国に避難し外貨を稼ぐか、国を支える礎として失われた迷宮に嫁ぐという道をすすむ。
だから王族は尊いのだと教会の授業で習った。
その辺で生まれて育った庶民は、迷宮の浅いところに潜ってスキルを拾い適正のある職業に就くことを推奨される。
その潜るべき迷宮がないのだ。
だから国を出て出稼ぎに出る庶民も多かった。
俺の親もその道を選んだ。『潮騒の国』に流れて両親は交互に『環礁迷宮』で生活費を稼いできてくれた。当時十に満たなかった俺は同様の親を持つチビ達の世話をしながら少しでも動けるように立ち回った。
『潮騒の国』にいたのは二期。流れてくる国の者のために場所をあける必要があったから。
おそらく国から出なかった、出るのが遅くなった者との差は大きく国から出ることのなかったアッファスの貧弱さが気になった。
いくつかの国をまわって十六ですべて失い荒廃していく故郷に戻った時年下の幼馴染みであるアッファスに再会した。国内迷宮のない守りも食糧もない土地では親から受け継ぐ素養を浪費するだけで弱体化するのが教会が教える常識だ。
生まれた時に迷宮の影響を受け、それ以外の迷宮からの影響はその迷宮から受ける成長影響よりおおよそ二割ほど引かれると。
それでも先を期待されたアッファスより体力も魔力も育ち、いくつかスキルだって持っていた。
だから、アッファスが連れていた少女が水路にバカほど水を流し、魔力と水不足で澱んだ水路をみるみる蘇らせていく様は女神か悪魔かわからず、立ち竦んだ。
水がまともに流れなくなって久しい水路だった。
『石膏瓦解』から流れてきた魔物達は王都の騎士や俺のように外から戻った冒険者でなんとか抑えたとはいえ、死傷者は決して少なくなく、少しはずれた場所で焼いていた。その死の沁みついた灰のにおいすら流れていくようで、バカみたいに放流される水をみていた。
アッファスが声をかけてくれるまで。
次に少女に遭遇したのは同年冬の期。
夏に小さな迷宮がティクサーの尼僧長によって生まれ広大な森に『蒼鱗樹海』と呼ばれる迷宮をも生まれた。迷宮を守るために国が戦力を求め、俺は自警団に採用された。これで収入が安定すれば両親を呼び戻せるのだからやる気にも満ちる。
難点は王族と迷宮の交渉がなかなか進まないこと。
『蒼鱗樹海』は地上にしっかり影響を与え謎の繁殖力を持つつる植物との戦いがメインになったせいもある。王族貴族の実力者達はすぐに帝国から帰国できるわけでもないし、他国に散っていた国民が戻ってくるには物資も住まいも不足していた。
そう冬の期がきても王家は迷宮と契約できていなかった。
迷宮はあるが王家は無縁。もし迷宮と契約した人間が王家を立ち上げれば俺は現王家に仕えている分まずいなぁと思いつつ霜柱を叩き壊す仕事をしていた。
そんなある日、アッファスが連れていた少女を再び見たのだ。
深緑がかった黒髪はフードで寒さから庇われていたがそれでもあの水路に水を流した少女だと分かった。
王都の警備隊に配属された俺には接触する機会はないが、それでも少女の無事に安堵した。
そして数年後、黒髪のスラリとした少女を見た。
アッファスと並ぶその姿は五年前の痩せっぽっちの少女だとわかった。
髪の色は誤差の範囲だろう。どこかの迷宮の加護かもしれないし。
海を見にいく。とはしゃぐ少女は俺の目には眩しくうつった。
「スヴェンセン。見回りの時間だぞ」
おっといけない。
「はっ! サーシオン騎士殿」
仕事だ仕事。
四つの迷宮を国内に持つのだ。
二度と国から迷宮を奪われてはいけないのだから。
迷宮があり続けたなら、本当ならきっとアッファスはもっと伸びただろうから。
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