第550話 フロア焼き尽くしは使えない
環を打ち合わせる挨拶を済ませた早々にズルカが余所者パーティを差し出してきた。
ワクワクした表情で片手をそっと上げる少女の腕にはおそらく環があるのだろう。ズルカも頷いている。
「ベックだ」
「ネアです」
カンっと軽い音がする。この挨拶をできることが嬉しいのか少女はにこにこしている。響いた軽い音も悪意のない音だ。
「集団狩りに興味があるらしくてな、先日『環礁迷宮』焼いたっつーお嬢さんだ」
おい、なんの冗談だ?
「今日は六階層より先でも集団狩りの予定はないぞ」
「知ってる知ってる。もちろん嬢ちゃんにも伝えてある。まぁだいたいの仕組みを説明頼むわ。おれは、ほら、そろそろ戻らねぇと」
ギルド依頼だからと濁しやがるズルカだ。
「ぉお、行け行け。あとで奢れよ」
「おお! 任せとけ!」
カンっと環が打ち合う音が響く。
とっととずらかるズルカを見送りながらちょっとばかり困ったなと耳の上を掻いた。
「ベックさん、六階層では集団狩りしないんですか?」
黒髪の少女が好奇心たっぷりに聞いてくる。明らかに悪気はない。
魔力は高そうだし、装備もこなれつつ上質さが感じさせる。六階層でもやっていけるだろう。
いや、待て。
ズルカはなんて言っていた? 『環礁迷宮』を焼いた?
トラムッカ達のパーティがこないだ打ち上げてなかったか? 所持品全て失ったがドロップ品拾い放題でウハウハだと。
「ベックさん?」
「あー、いや悪い。集団狩りは基本的には一期に六度くらいが計画されているがうち三回は五階層での集団狩りになる。どこの階層で集団狩りするにしても同じだが参加募集は事前にギルドに貼り出される。一期に六度あるからな」
「定期的な行事のようなものですか」
セピア色の気配の薄い男が納得したように呟く。
「その通りだ。集団狩りだから狩る人員数も必要だし、五階層での狩りでは治療者と指導者と警備指揮要員も必要になる。『環礁迷宮』は初心者向けではないし、『天空資料館』は入場難易度が高く一般人には解放されていない」
出てくる魔物は弱いが入り口が王宮内だそうだからな。王城付き兵団が間引きし、奥は魔術団が調査しているそうだからな。
「だから五階層という危険度の高いところで見習い教育をしてらっしゃるんですね」
影の薄い男が納得したように言っている。
「あら、弱いからでは?」
水臣族の魔女が煽ってくる。
「人のとって五階層の魔物は弱い魔物ではないから。『回遊海原』の一、二階層とは違うから」
「エイルさん、『ティクサー薬草園』の一階層はスライム主体ですよ?」
年下二人が魔女を嗜めてくれるが、お嬢ちゃん、その迷宮は特殊案件だろ。
「ま、他所から来たそこそこの冒険者は一応の実力を確認してからでないと参加許可できないってだけだ。ドロップ品拾い役以外はな。ドロップ品拾い役したいの?」
四人とも程度の差はあれど嫌そうな表情をしたので、実にわかりやすい。
「で、個別で誰かが実力を確認しておくわけだ。こっちも予定と対応の対策のためにな」
「で、アンタら得意な分野はなんだい?」
腕に振動を感じた瞬間、そのまま足をかけられた。地面にキスする前に腕を動かせたおかげでちょいと転がっただけで済んだ。
「ドロテア!!」
パーティメンバーのドロテアだ。
「ベックの無駄口が長いのが悪いさね」
ふふんと見下す眼差しと台詞回しが苛立たしい。
「得意分野?」
黒髪の少女がドロテアの言葉を繰り返す。
「そうだよ。得意分野を聞いて狩りに参加するならどの担当に回せるかアタシらが判断するのさ。連携できないと困るからね」
黒髪の少女がなるほどと小声をこぼして、困ったように髪を揺らした。
「アッファスお兄ちゃん、私の得意分野ってなんでしょう?」
「フロア焼き尽くし」
「清浄治癒」
「思い切りのいい奇抜な行動かしら?」
少年、青年、水臣族の姫さまが少女に答えて、少女は「バラバラじゃないですか!」と叫んだ。
否定はしないんだな。
「フロア焼き尽くしは最終手段だけど、ちょっと困るねぇ」
ドロテアが笑いながら俺の背を叩いた。
迷宮内だというのにいい匂いに嬉しくなる。
「集団狩りで使われると集団狩りにならないから単独掃討依頼が推奨されるな。確かに」
「え。私、集団狩りに参加できない?」
俺の言葉にしょんぼりされてぎょっとする。
「できなくはないさ。出力をちゃんと調整さえできればね。あと、治療系ができるならやれることはあるね。問題は……お嬢ちゃんが他人と連携がとれるかさ」
ドロテアは『誰にだってできるナニガシかはあるさ』が口癖だからな。
「まぁ、それ以前にしばらくは予定されてないからアタシらに判断基準を持たせておくれよ。お嬢ちゃんたちの戦力をアタシらに教えておくれ」
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