第542話 黒の魔女

 迷宮から街の宿に戻ったので私、ネアは『清浄』をかけた室内で靴を脱いで寝台にねっ転がります。

 寝台、それは木枠に粗く編んだ数本の縄を張りその上に肌触りイマイチの麻布が掛けてあります。隙間から転落はありませんよ。ええ。向きには注意していますからね。

 ネアは足を滑らせて転びかけたなんてことはしてませんからね。

「なに緊張しながら寝転んでるの? 気になるなら麻布もう一枚貸してもらえばいいのに。もしくは自前の織り布を敷くとか」

 そうですねエイルさんは自前のハンモック用のマットを敷いた上でのんびりお裁縫中ですからね。とんがりつばひろ帽子は壁から突き出ているフックにかけられていて定位置って感じです。

 そう確かに縄と縄の間は隙間広めなんですよね。なにしろ、縦四本横三本でかけ布と寝る人間の体重を支えるってわけです。

 追加で縄を頼み(有料で縄を追加するための引っかけはちゃんとある)むきを変えて張れば寝心地は意外と良いとはおっさんパーティのおっさん達の情報です。もちろん、自前の縄を使ってもいいそうです。(外し忘れたら縄は宿の物になります)

 海岸線付近の国や村では宿の寝台は基本このタイプだそうです。実は布を用意してくれる宿は良宿だそうです。虫喰い布とかもあるので虫駆除と清浄スキルを行使できるコトがオススメだそうです。

 虫に喰われるのは勘弁なので念入りに虫駆除と清浄をかけました。泊まる部屋にバッチバチに。

 あまり明るくはない室内で細い針を動かしていく姿は正直優雅だなと感じます。

 細工系のスキル。なぜかモノにできないんですよね。アッファスお兄ちゃんに「適性がないのは仕方ないだろう」と慰めてもらいましたよ。いくつかモノにできたと思ったのはアレたぶん『私』には適性があって私にはなかったんでしょうね。

 は!

 もしやスキルの出来にマイナス補正が私のせいでかかってた可能性!?

 ……真実は闇の中で。

 置いておきましょう。とりあえず。

「私もついて行けば良かったかなぁ」

 冒険者ギルドへはリーダーというかまとめ役をつとめているガジェスくんが行けばいいとのことで置いていかれたんですよね。エイルさんは最初から宿で寛ぐを優先されてましたが。

 アッファスお兄ちゃんが「夕食までに帰るから足を休めておいておいしく食べる体力を取り戻しておいて」と言ってガジェスくんに同伴したんですよ。

 おっさんパーティと迷宮の進化の可能性について報告しておく必要があるとかで。

 むしろ、お夕飯までに戻ってこれるんでしょうか?

「あら。街の散策でもしたいの?」

「人の少ない迷宮付近以外も見たいのは正直なところですね」

 エイルさんが手元から視線を上げて寝転がる私をざらっと品定めするように見ましたよ?

「ガラの悪いクズに絡まれやすそうだから、……そうね。噂が出回るまでは引きこもっているのがいいと思う」

 は?

「噂ってなんです?」

 ほとんど人に会っていないのにどんな噂が出回るというんですか。こんなにおとなしい成人したてっぽい乙女ですよ。乙女。

「間引き依頼を受注していた男性パーティを裸に剥いて実力差を見せつけて下僕のように荷物拾いの小間使いとしてこき使った黒髪の魔女がいるって感じかな」

 ……。

 エイルさんの髪は紫ですよね?

 アッファスお兄ちゃんとガジェスくんは男の人なので魔女は違う……。

「え!? 私? 私の事ですか!?」

 確かに黒髪ですけど!

 エイルさんがじっと私を注視してますよ。ニ拍くらいおいて視線を逸らしながら長い息を吐く姿は芝居がかり過ぎてませんか?

「そういう事。知る限り、海岸沿いの集落の連中はすぐ絡んでくるし、敬意をはらわせるには実力を見せるしかない。そして、強い者には挑戦したがるからウザいの」

 あれ?

 どっちにしても絡まれませんか?

「噂が出回るとね」

 はい。

「雑魚が間引かれる」

 えーと。

「それはつまり、最初からそこそこの強者が寄ってくると?」

「そ。ミセシメが一回で済めば楽でしょ」

 み、みせしめ……。

「へ、平和的にいくのは?」

「え? 平和的にいきたい人は迷宮のフロアを燃やしたりしないものだよ?」

 え!?

 手遅れ!?



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