第312話 冒険者ギルドでお夕食
たまちゃんチに着いたのは日が沈みきるちょっと前でした。
私、ネア・マーカスが伐採し、その材料を使ってタッズさんが道を補修。狩人のおにーさんが半日過ぎてもわかるように補助加工を施していましたよ。補助加工にはスキルギフトは使っていないので他の人たちも手伝っているようでした。
安全を優先した結果です。
『あらぁ。新しい住人ね。いらっしゃい』
そして迎えてくれたのは屍女の人でした。
ドンさんがごく小さく「っざけんな」と呟き呑み込んでいたのが印象的でした。
夜なので迷宮から出てきたところですかね?
『あらぁ、ディンドル、どこから帰ってきたのかしら? ずいぶんやつれちゃって! さっさと食堂にいらっしゃい。もちろん、お友達たちもよ! 難しい手続きは大人たちに任せておきなさいな!』
そのまま屍女のご婦人、親しげに誰かに話しかけたかと思ったらくるりと方向を変えて進みはじめますよ?
あ。振り返った。
『さぁ! 食堂はこっちですよ。あと、わたしに、おばさんに触ってはいけませんよ』
着いていく方が良さそうですね。
それにしてもフレンドリーにもほどがあるのではありませんかね。たまちゃん?
「ディンドル?」
弟くんが疑問を音にしましたよ。ついでに移住予定者を見回しますね。
「……旅先で死んだ親父の名前だよ。さっさと死んで母は俺たちを育てるのに身をすり減らして、帰って来れなかった」
きゅっと握られた拳が震えています。
彼の両親が亡くなった話はすでに聞いていたのでものすごく空気が重いです。
迷宮がなくなり、生活手段が減っていく国を出た人たちはとても多く、移住先転職先がすぐに見つかるわけでなく、迷宮探索をするにしても同じくらいの実力者たちも同じように移動しているせいで競争率が跳ね上がり、稼ぐために難易度を少し上げれば死傷率も上がるといった状況がどこにでもありふれていたそうです。元々迷宮自体が命懸けな場所なので死はとても身近なものなんですけどね。
『まぁ! ごめんなさいね。あんまりそっくりなものだから!』
ころころと朗らかに屍女さんが笑います。
「カデラさん、案内ありがとうございます。さぁ、疲れたでしょう? ごはんの準備はできているから早く入ってらっしゃい」
案内されたのは冒険者ギルドの建物で、そこから出てきた女の人が私たちを手招きします。
『あら。その前にちゃーんと手を洗わなきゃ』
スイっと動いた屍女カデラさんが避けた場所には三本ほどの樋が。この流水で手を洗うらしいですよ。
手を洗ってから冒険者ギルドの中に入ります。
移住予定者二十人と案内護衛の人数を合わせても席の余裕はありそうな食堂がありました。
冒険者ギルドの受付ブースがあって、その奥に半地下と中二階部分もある食堂です。半地下の大テーブルについて凝ったつくりの二階席の手摺飾りやぶら下がる照明器具を子供たちがぽかんと見上げる光景はちょっと面白いですよ。
学都でもこのタイプの食堂には入りませんでしたね。
「さぁ、パンとスープだけど、おかわりはあるからね!」
提供されたのは、薄くてずっしりしたパンと肉と芋の入ったスープでした。
塩味のきいたスープは一日けわしい道を登ってきた疲労した体にとても美味しかったです。
「カデラって、妹の名前なんだ。親父が、女の子生まれたらカデラって名前だって。あの魔物、なんなんだよ」
少年がパンを握ってこぼしますよ。
そう。屍女は魔物ですからね。魔物に親しげに振る舞われるのはちょっと複雑な心境でしょう。普通は。
だって倒すべき敵だというのが普通の認識だと思いますから。冒険者として迷宮で戦うなら、もしかしてあの『カデラ』も討伐する可能性があるわけで、親密さは持ちたくないのが当たり前ではないかと思います。
いや、まぁ、一部世の中には『だからこそ闘いたい』って嬉々とする戦闘狂もいるのはわかっていますが、私としてはその感覚を理解したくないというか、理解する存在は少ない方がいいというか。まぁ、なんというか、人の基準ってわかりませんね。
「屍女っていう魔物はその迷宮の影響範囲に埋葬された屍を再現した魔物で、記憶や性質とかも再現していることが多いんだって」
弟くん、意外とこう、個人的にはっきりさせたくないかも知れないラインをざっくり踏み躙ってませんか?
スープにパンをひたしながら言うことじゃないと思いますよ?
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