第310話 遠浅の国の

 国土は狭く川に挟まれた中洲の国。

 数十人ほどの民を養うのがせいぜいの迷宮の恵み。

 流れのせいで帝国からも切り捨てられ、まだ取り引きがあったケモノの国は死の大地。年にひとり迷宮の奥に誰かが眠ることでかろうじて飲み込まれずに済んでいる。

 帝国からの棄民流民、岩山の国から激流に身を投じて流れついた女も多い。共通点は特になにをする能力もないが死にたくはないというところである。

 国に満ちる空気は諦観。

 死にたくはないが老いた者から迷宮に命を捧げてケモノの国と失迷の国からの影響から帝国を守る。それさえ果たしていればひとつの期に食糧と生活雑貨が流れつく。

『失迷の国に迷宮が生じた』

 迷宮のその声が聞こえた時、意味がわからなかった。

 それがなんなのかを理解したのは春の期が終わる頃、それまでふたつの期にひとり、寄り添い眠ることで迷宮の要望は満たされていたのに。

『足りぬ。足りない』

 そう、寄り添い眠る者を要求するようになった。

『足りぬ。足りない。壁を満たす魔力が足りぬ』

 僕にできることはその迷宮の声をみなに伝えるのみ。

 ぽつぽつと人が減っていく。

「おまえは声を聞けるからまだおいで」

「ふん。食い手が減りゃ一冬はおまえらだけでも越せるだろ」

 帝国もケモノの国も広いのだ。

 西隣の丘陵の国も人影を見せなくなった。

 ケモノの国の侵蝕は続いている。失迷の国に迷宮が生じたことで侵蝕の矛先は弱い迷宮に牙をむけた。

 強い壁を持つであろう帝国は弱い迷宮を持つ小国をあえて壁として残し、潰れきらないように物資人員を補充する。

 僕はなにをできるわけでもない『遠浅の国』の王様らしい。

 ステータスカードにはそう記載されている。

 ケモノの国の連中は僕らのことを棄て地のゴミと罵ったし、帝国は誰も僕らを見ない。彼らにとって僕らは人ではなく『そういう機構』だから。

 かつて僕に文字を教えた帝国の男は「これからが地獄さ。逃げるなら今だね」なんてわけのわからないことを言っていた。

 今も昔も変わることなく弱々しい土地で僕らは諦観と身を寄せ合って生きている。生きている。死んでないだけかもしれないけど。

「無知は罪だ」

 帝国の男はそう言った。

 ケモノの国の迷宮核でケモノの国の地表をぶっ飛ばしたと笑いながら。

「生まれる前から僕は罪人だよ」

 だって、ここは犯罪者と脱走奴隷のいきつく流刑地だもの。

 この土地に一夜過ごせばこの中洲から出るためには迷宮核に触れなければいけない。

 いつか。

 僕は迷宮核に触れる。

 僕のかわりに迷宮の声を聞く子が出れば。

 僕は王様をやめて迷宮に寄り添って眠れるんだと思う。

 帝国の男は罪人ではないらしく、目尻に雫を溜めるほど笑って去っていった。

 気がつけばひとり。

 きっともうじき、迷宮に寄り添って眠ってもいいんだと思う。


 無知は罪。


 僕は僕を生かす迷宮の名すら知らない。

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