第210話 遠いご近所さん

 失迷の国が失迷の国ではなくなったとお兄様に教えていただきました。

 最近トルファームは失迷の国へ向かう家族連れ、一足先に拠点を求めて急ぐ冒険者の方々が通過なさる関係で騒々しくも潤っております。

『回遊海原』に立ち寄り資材を集めていく人々も多くサバから伝えきく迷宮様も満足そうです。

 ネアが契約している迷宮かしら?

 機会があれば是非潜ってみたいものだと思います。

 お兄様のお友達、タガネ様がおっしゃるにはネアは失迷の国へ戻っているとのこと。私と同じ次の春からの学都生活の予定だと聞き、嬉しくなります。

 会った時に「え。強くなってなくない?」なんて言われないように強くならなければなりません。

「あー、迷宮潜りてぇ」

 ウェイカーが不満な声をあげます。

『清浄』を使い生活費を稼ぎつつ、冒険者や練兵場の格安訓練で鍛えることに有意義さを認めてはいても迷宮探索を取り上げられた子供の不満はたまるものです。私も迷宮潜りたいですし。

 ガジェスとグウェンが流れの冒険者が多い現状では低許可の自分たちでは潜る権利が低いと道理を説きますが、不満なのは同じなのですよね。

 護衛を頼もうにも心あたりの方はお兄様を含めて現在ご多忙となっておりますし。

「ここはそろそろ王族特権を使うべきでしょうね」

 この町で私にあてがわれた彼らの視線が私に集まります。

「……っずっけぇ」

 歯ぎしりとともに絞り出すように呟かれた本心に他のおふたりが慌てます。確かに王族にむける言葉ではありませんね。

「気にしてはいけませんわ。私、学都で舐められることがないよう強くならねばなりませんから」

「っぐぅ。王家の姫さんは舐められちゃダメだ」

 ウェイカーのこういうところ好きですよね。

 それなりに同じ時間を過ごしてきたつもりですのに。

「その物言いが周りにはウェイカーが王家を舐めてるって思われるんだよ」

 ガジェスがおずおずと注意して「舐めてねぇわ!」と吠えられて縮こまっています。

「怒鳴らないで欲しいのだけど」

 怒鳴り声は怖いので嫌いだわ。

 ウェイカーはチッと舌打ちして今度はグウェンに行儀が悪いと嗜められています。

「ウェイカー。私、気取らない貴方が好きですけど、学都で私と同じ身分違う国の学友の方々にその態度を取られると困ってしまいます。お手間をかけさせますが、お願いしますね。あと、誤解されているようですが、私、王族特権で迷宮に潜る時にはパーティで行くんですよ。周りには「っずっけぇ」と言われてしまうでしょうけど、ごめんなさいね」

 笑顔で告げるとウェイカーの表情がぱぁああと明るく満面の笑顔です。

 グウェンとガジェスはため息混じりの諦め顔。でも、二人だって迷宮が恋しかったのか表情は柔らかいです。

「秘密の鍛錬場にまいりましょうね」

 私、学都で問題なく活動していくために私自身を強化します。その意思をサバちゃんが迷宮様に通して『回遊海原』の中にある『秘密の鍛錬場』を開けてくれる話になったのです。

『主様を殴りたいって目標が面白いから頑張れってさ』

 そう、サバちゃんは言いました。

 その目標は、私のモノだったんでしょうか?

 そのぐらいの気合いで強くならなければいつまで経っても『九歳児』呼びから抜けられない気もしますし。

「ネアに会った時に「え。誰だっけ?」にならないように強くなりますわ!」

「強くなり過ぎて「え? 誰」は」

 ガジェス……。イイ言葉ですね。

「成長期ですもの。それはそれで良しだと思います!」

「それ、ネアちゃんもするっと成長しているんじゃないかしら?」

 それは、負けられませんね!


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