迷宮管理者ネアは流されやすい
金谷さとる
迷宮管理者になりました
第1話 迷宮の声
私の名前はネア・マーカス。
十歳。
平民(冒険者見習い)
父グレック・マーカス
母マコモ・マーカス
妹マオ・マーカス
である。
平民の条件は国にきちんと納税しているかどうか。
父グレック・マーカスは警備隊を除隊した冒険者ギルドの事務員である。固定給職員家族寮自動納税。
安定しているし余裕もすこしはあるけれど、ほんの少し。マコモお母さんは足を引きずっているし、妹のマオはもうじき三歳で目がはなせないやんちゃさん。グレックお父さんも普通には生活できるけれど警備隊除隊理由は負傷であり、なにかあればたぶん生活は簡単に破綻する。
だから私は冒険者ギルドに通って雑用を引き受け小銭を稼ぐことにしている。仕事を選んでくれるのはグレックお父さんである。
薬草園での薬草摘みや雑草抜き石拾い。教会出の年上冒険者達が様子を見てくれる時に限っての森の浅い部分で行う薬草摘みに薪集め。そんなところである。
この生活では自己強化は望めません。って感じに甘やかされている。
この人生で知ったことは住民カード。教会が発行する名前と年齢性別職業が記される。変更があれば自己申告で更新する。ただ有料なので滅多にはない。
犯罪を起こし有罪を受ければその時は強制的に記載される。
神がみなす犯罪と人の世界の犯罪は基準が違うのだとは司祭様のお言葉だ。
そして住民カードとは別に職能ギルド(冒険者ギルドもそのうちのひとつ)が発行するステータスカードが存在する。職能ギルドによってステータスカードの精度方向性が違うのが特徴だ。
冒険者ギルド発行のカードはその受託依頼を反映した称号をくれる。
つまり
ネア・マーカス
冒険者見習い
薬草摘人
である。
非常に将来的に希望が持てない。薬草摘みだけでは生計がたたないのだ。そのくらいわかる。
私はマーカス夫妻とは血縁もないしね。
ギルドにしろ教会にしろステータスカードに記されるのはステータスの一部。
ティクサーの町は狼の出る森と廃坑のある山に近い辺境の町だ。昔は冒険者ギルド以外の他の職能ギルドもあったけれど今ではすべてを冒険者ギルドが兼任している。行政事務部門も冒険者ギルドで窓口を開いているほどだ。
廃坑のある山方面には過疎化進行中の村が数個、森を通る街道の先には荒地があり砦がある。砦の先は昔は国境だったらしいが通る人はないらしい。
砦の逆方向には王都があり、周りの話によると萎びているらしい。
成功したければ国を出ろという方向らしい。
教会のアッファスおにいちゃんは二年前に「一山当ててくるぜ」と町を出ていってしまった。
ロクにダンジョンもないこの国に価値は薄いと。
この町にあるのは小さな薬草園。
森の狼。やっと作った畑を荒らすという猪や猿。
集まった住人はもしかしなくとも不要と棄てられた人々ではないかと疑ってしまう。
なにせ移動を不得手とする住人が多いのだ。
この疑いをお父さんにぼやけば、十年前まで森と山に迷宮があり栄えていたし隣国もあったと言う。大森林の先に獣人の国が。
それが一度で失われたとかちょっとゾッとする。
同時にそのくらいのことにどれほどの労力があったかと考えた時、たいしたことないんだろうなと考えてしまう私の天職は迷宮創生管理者である。なんだかなと思う。公言できる職じゃない。聞いたこともない。隠蔽機能があるので問題スキルは隠蔽である。
お父さんから薬草園行きの木札を受け取りながらぼんやり考える。
「お、ネア坊相変わらずぼんやりしてんな。今日は園の門を通り過ぎんじゃねぇぞ」
「気をつける〜」
駆け出す後ろで心配で外には出せんという声が聞こえた。お父さんは心配症である。
この世界における迷宮は人々にとってハイリスクハイリターンの収入源。どちらかといえば共存対象のように感じる。
ただ、迷宮核の話は聞いても迷宮管理者の話は聞かない。なんとなく聞いている限り人が迷宮に寄生しているようにも思えた。あまり農耕に適した環境がないのだ。食材は迷宮産か森で自然の恵みの採取。
貧しい。
私が職に就けば情報はもっと開示されていくとは思う。けれどその職は周囲に開示できるような職業ではないはずだ。困る。やっぱり隠蔽あるのみ。
私が今まで見たことがある魔物はスライム、狼、蜘蛛、蛭、犬、猫、狐、馬、蚤、蛇、猪に蝶というところ。
そして創生可能リストに載っているのも同じく。
たぶん見たことがあり、触れたことがあるものがリストに載っている。
植物も同様のリストだ。
薬草園で採取したことのある回復草、毒消し草、麻痺草ぜんまいわらび紫蘇オレンジりんご葡萄ニンニク人参ピーマン甘芋薔薇百合麦栗葛すず豆ミントパセリ魔力草……。
けっこう薬草園にないものも混じっている。
仮定なんだけど、リストにある物しかない魔物しか出ない迷宮って素材産地としてイマイチじゃないかと私は考える。
他の迷宮を確認したくとも徒歩六時間圏内に迷宮は存在しない。むしろ国内にないという噂すらある。
天職に就くと選択した時、私自身がどうなるのかもよくわからない。
薬草園で貧弱な薬草を摘みながら悩ましく思考に溺れていた。
『狼だ! 狼の群れが森から来たぞ!!』
そんな叫びが響いた。
顔を上げれば赤い狼の顔がひどく近かった。
【天職につきますか?】
咄嗟の判断も選択肢もなかった。
世界は暗転した。
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