04. 第四章

攻撃

夕凪ゆうなぎちゃん、おはよう!」


「おはよう、那美なみちゃん。」


今日もまた、台所で夕凪ゆうなぎちゃんと挨拶をかわし、尽世つくよでの一日が始まる。


「あれ? 那美なみちゃん、新しい着物?」


「うん。伊月いつきさんがくれたの。」


先日伊月いつきさんがくれた、大きな風呂敷包みの中には沢山のものが入っていた。

主に衣食住の衣に関するものがメインで、

新しい世界でゼロから新生活を始めた私にはとても助かるものばかりだ。

春から夏にかけて着られる単衣ひとえの着物、真夏用のの着物、冬用のマフラー、羽織などが入っていた。


「すごく似合ってるよ、その色。」


「えへへ。ありがとう。」


たすき掛けをして、ご飯の準備をしようとしていると、夕凪ゆうなぎちゃんがニヤニヤと不敵な笑顔を称えつつ私を見てるのに気づく。


「な、何?」


「いやー、那美なみちゃんと伊月いつきさんって、いい感じだね。」


「え? いい感じって?」


「とぼけないで、昨日、逢瀬おうせだったんでしょ?どうだったの?」


―― 逢瀬おうせって、デートみたいな?


「そ、そんなことないよ。伊月いつきさんは、オババ様に私のおり役を押し付けられちゃっただけだよ。」


「またまたぁー、色々聞きたいなー。」


夕凪ゆうなぎちゃんは本当に恋バナが大好きらしい。

私は適当にごまかしつつ、朝食の準備を始める。

夕凪ゆうなぎちゃんも私をからかいつつ、手際よくみそ汁の具を切り始めた。


「おぃ、腹が減ったぞー」


そのうちに、寝ぐせのついた、ぼさぼさ頭のままオババ様が起きてきて、ご飯の催促をする。

毎日私の一日はこうやって始まる。

朝ごはんが終わって、片付けをしたら、私はカムナリキをコントロールする修行を始める。


修行を始めて1週間がたった。


「お、オババ様、見て下さい!  雷石らいせきが光らなくなりました!」


「おぉーやっとダダ漏れカムナリキの栓を閉めたな!」


最近ようやく、自分や人の中に流れる気というか、そんなものが分かるようになってきた。

それに伴い自分のカムナリキの流れや色や温度まで感じられるようになった。


「なんか、不思議な感覚。」


「じゃあ、今日からは別の修行を始めなければな。」


「次はどんな修行ですか?」


「カムナリキを攻撃に使うことだ。」


「攻撃?」


不穏な響きに少し戸惑う。


の国との国の最近の治安の悪化は見ていて心が痛む。魔獣はよく出るし、若い女がかどわかされる事件も多いと聞く。」


「そ、そうなんですね。」


「生きていく力をつけるには、自衛の術を持たねばならん。そして、攻撃は最高の防御じゃ!」


「た、確かに。」


私は現代日本で通り魔に殺されそうになった。

もしあの時、自分に戦う力があったら、あれほどの恐怖心を感じずに済んだかもしれない。


「やります。教えて下さい!」


うむ、と言ってオババ様が吉太郎よしたろうを呼び出した。

吉太郎よしたろうはオババ様の眷属けんぞくのうちの一人で、鳩の神使しんしだ。


「オババ様の言いつけだからお前の修行に付き合うが、俺は忙しいのだぞ!」


吉太郎よしたろうはなかなか誇り高い鳩で、タカオ山に住む他の鳩達をまとめ、タカオ山の見回りという役目をしっかり果たしているそうだ。


吉太郎よしたろう、いつも修行に付き合ってくれてありがとう。また後で鳩せんべい焼くから。」


「まぁ、そういうことなら仕方ないの。」


吉太郎よしたろうが納得してくれて、早速オババ様が実演を始める。


吉太郎よしたろう、息を止めておれ。」


オババ様はそう言うと、水石すいせきで出来た勾玉まがたまの首飾りをすっとなでる。


「わっ!」


その瞬間に空中に水の塊が出来て、吉太郎よしたろうの体を包み込む。


「げぇー。。い、息が!」


吉太郎よしたろうは息が出来ず、体も身動きが出来ずにもがいている。


オババ様がパチンと指を鳴らすと、水の塊は一瞬で霧散した。


「わー凄い!!!」


私は思わずパチパチと拍手する。


「ゲホ、ゲホゲホ。拍手しておる場合か。俺は死ぬところだったぞ。」


吉太郎よしたろうが抗議の声を上げる。


「息を止めておれと言ったであろうが。」


「俺は水鳥ではないのだー。」


吉太郎よしたろうが羽をばたつかせている。


那美なみ、オヌシはあの数珠じゅずを使ってやるのだ。」


「はい。」


「今までダダ漏れだったカムナリキがようやく体内に溜まりはじめておる。その抑制しているカムナリキをしっかり丹田に溜め込んで、石を媒体にし、一瞬で放出させる。そうする事で相手を攻撃できる。」


「やってみます。」


私は吉太郎よしたろうをチラリと見た。


「力加減を間違えれば殺してしまうので気をつけろ。」


オババ様がそういうと、吉太郎よしたろうの顔がサッと青ざめた。


「お、俺はお前の実験台にはならんからなー!」


吉太郎よしたろうはそそくさと飛んで逃げて行った。


「ちと、からかいすぎたかのー」と言いつつも、ゲラゲラ笑うオババ様。


「まぁ、この岩を相手にでも練習せい。」


オババ様は近くにあった大きな山岩を指さした。私の背丈ほど大きい。


「はい!」


私も自分のカムナリキを数珠じゅずに繋がれた雷石らいせきに注ぎ込み、それを岩にめがけて放出した。


その瞬間、


ドカーン!!


と物凄い音がして、数珠じゅずから稲妻が走り、岩に当たった。


バキバキ!!と物凄い音がしたと思ったら、岩にヒビが入っていく。


―― え?


そして、ガラガラ、と岩が細かく砕けながら地に落ちていった。

あっけに取られる一方で、それを見たオババ様はケラケラと笑っている。


「攻撃は最高の防御と言ったが、人を殺さぬ程度にしなければなぁ!」


オババ様は愉快そうに言った。


―――


修行でカムナリキを使い果たし、ヘロヘロになり、タカオ大社の本殿まで歩いた。

鳥居をくぐり、社務所に入る。


夕凪ゆうなぎちゃーーん、お腹すいたぁー。」


那美なみちゃんお疲れ様ー。おにぎりあるよ。」


夕凪ゆうなぎちゃんが作ってくれてたおにぎりをつまむ。


「お豆たくさん入ってるぅ。美味しいー!」


夕凪ゆうなぎちゃんは私が修行してる間はこの神社の本殿横にある小さな社務所で、参拝に来る氏子うじこさんの対応をしている。

御朱印ごしゅいんを描いたり、おみくじを売ったり、祈祷の予約を受け付けたり、忙しい時もあれば暇な時もある。


「さっき凄い音が聞こえたけど、何だったの?」


「あ、それ、私の修行のせい。岩をこっぱみじんに壊しちゃった。」


「え?」


「カムナリキの丁度いい放出量が分かんなくて。」


「それで岩を砕いたんだ。怖ー! 那美なみちゃん怪力だね。」


「自分でもびっくりした。最初に吉太郎よしたろうで試さなくて良かった。」


この時、この言葉を聞いて吉太郎よしたろぷが身をふるわせていたことは後になって知った。

おにぎりをつまんでカムナリキを回復させていると、

氏子うじこさんが一人やってきて、何やら真剣にお参りしている。


「あの人、ほぼ毎日来るね。」


「うん、オババ様いわく、突然いなくなったお姉さんが見つかるように願ってるんだって。」


そういえば、最近、若い女の人がかどわかされる事件が多いって聞いた。


「オババ様や、龍神様はそういう、いなくなった人たち、見つけてくれるの?」


「ううん。人探しは龍神様の管轄外だよ。」


夕凪ゆうなぎちゃんは懸命に祈る氏子うじこさんの様子を憐れそうに見た。


「龍神は水の神様だから、稲作とか水の生き物とか、そういうのが管轄。」


現代日本では、急にいなくなった私を探してくれてる人はいるのかな。

私はふと思ったけど、家族も親しいと言える友人もいなかったしな、と諦めに満ちた思いを抱いた。


「あのう、すみません。」


さっきまで熱心に祈っていた氏子うじこさんが、社務所にいる私達に声をかけた。


「これ、オババ様にお渡しできますか?」


氏子うじこさんは私に重みのある袋を手渡した。


「うちで作っている小豆です。いつも、オババ様が悩みを聞いてくれているお礼です。気持ちばかりですが。」


「わかりました。ありがとうございます。渡しておきますね。きっと喜びます。」


氏子うじこさんはお辞儀をして帰って行った。

こんな感じで、オババ様には色々な貢物が毎日のように届けられる。

こういう小さい贈り物もあれば、米俵が何俵も届くこともある。


たいてい昼過ぎに日が傾くころには社務所を閉めて、

掃除をしたり、お散歩したりして夕方まで思い思いの時間をのんびり過ごす。

日が暮れ始めると、お風呂の準備をしたり、夕飯の準備をしたりして、

夜にはもうすることもなく、さっさと寝る。

私がここで暮らし始めて、そんな平和な毎日が続いていた。

でも、この平和な暮らしもちょとした事件がきっかけで、変容を遂げることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る