煎じ薬

「そういえば…」


しばらく縁側で雑談していたら、伊月さんは何か思い出したように私に顔を向ける。


「オババ様からそなたに薬の作り方を教えるように言われておったな。」


「どんな薬ですか?」


「元々、血を回復する、滋養強壮じようきょうそうの薬を作ったのだが、オババ様が言うにはカムナリキを回復させる力があるそうだ。」


「そうなんですね。と、いうか伊月いつきさんが考えた薬なんですか?」


「そうだ。」


「すごい!お医者様みたいですね!」


「少しばかり、薬学の心得があるだけだ。」


伊月いつきさんは謙遜しているけど、私にしたら尊敬に値する。

この世界のテクノロジーを考えると、きっと医療もそこまで発展していないかもしれない。

自分で自分の健康をしっかり管理しないとな。

そんな事を考えるうちにふと、意識がもうろうとしていた時の事を思い出した。


「そういえば、あの木のうろから落ちて、この世界に来た時なんですけど…。」


誰かの手のぬくもりを感じた気がする。そして…


「何かとても苦い物を飲んだような気がするんですが、もしかして、伊月いつきさんが薬を飲ませてくれたんですか?」


「ブッ。ゴホッ、ゴホゴホ!」


それまでお茶を飲んでいた伊月いつきさんが急に咳込み始めた。


「だ、大丈夫ですか?」


私は慌てて伊月いつきさんの背中をさすった。

よく見ると伊月いつきさんの顔がみるみる赤くなっていく。


「顔が赤いですよ。熱があるんじゃ?」


伊月いつきさんを覗き込むけど、顔をそらされてしまう。


「だ、大丈夫だ。」


―― 咳は収まったようだけど、心配だな。


「ゴホン」


伊月いつきさんは咳払いを一つして居住まいを正した。


「確かにあの時、薬を飲ませたのは私だ。すまないことをしたと思っている。」


そうして私を真っ直ぐに見た。


「ただ、あの時のそなたは血の気がひいていて、体を温めるものと、滋養をつけるものが必要だと判断したのだ。」


そこまで一気に言うとガバッと頭を下げた。


「この通りだ、許せ。」


―― え? なんで謝ってるの?


「あ、頭を上げてください!」


それでも伊月いつきさんは頭を下げ続けている。

私は意味がわからず、慌てて伊月いつきさんの肩のあたりを押して頭を上げる。


―― じゅ、重量が!


「謝らないでください。頭を上げて下さい。むしろ感謝しているんです。」


大きな上半身を一生懸命押し上げて伊月いつきさんが頭を上げたのを確認する。


「確かに薬はすごく苦かったのを覚えてますけど、苦いのは嫌いじゃないです。コーヒーも濃いブラックが好きだし。」


「こおひ???」


「とにかく、その薬を飲んだあと、体が温まって、心地よくなった記憶があります。それに…」


私は膝の上で両手をキュッと握りしめた。


「運良く伊月いつきさんに助けられたけど、ともすれば売り飛ばされていたかもしれないと、オババ様に言われました。」


この世界には人身売買が存在するらしく、身元の分からない者は誘拐されることもあるそうだ。

特に身元の分からない女の人は女郎小屋に売られてしまうこともあるらしい。

その可能性もあったと思うと、こうやって心ある人に助けられたのが奇跡みたいだ。


「とにかく、伊月いつきさんは私の命の恩人です。どうやって恩返しできるか、まだわかりませんけど、いつかお礼をしたいです。」


「礼には及ばぬ。」


「でも...」


とにかく、伊月さんは礼には及ばぬの一点張りだった。


「さて、オババ様が戻る前に、そなたに薬の作り方を見せよう。」


伊月いつきさんは、この話は終わりとばかりに薬を作る部屋へと案内した。


――あ、本だ。


伊月いつきさんが案内してくれた部屋には沢山の本があった。


「あの、見てみてもいいですか?」


「ああ、かまわぬ。」


一冊取って、パラパラとめくると、


――あ、普通に読める。


時代劇によく出てくるような達筆すぎる文字だったらどうしようと思ったけど、この世界の文字は不思議に読めた。

時々わからない言葉もあるけど、書き方は現代日本の書き方にすごく近い。

重治しげはるさんの広めた日ノ本の字が、600年で現代日本と同じような進化を遂げたのかな?


「字がわかるのか?」


その本は医薬の本だった。


「あ、はい。読めます。時々、分からない言葉はありますが。」


私は本をそっと棚に戻した。

伊月いつきさんの反応を見るに、尽世つくよの人全員が字が読めるわけではなさそうだった。


その後オババ様が戻ってきたのは薬を作り終えてしばらくたった後だった。

その間、伊月いつきさんは私に薬のことや、この世界のことを色々と教えてくれた。


「オヌシら、もう仲良くなっておるようだな。良い事じゃ。」


オババ様は帰ってくるなりそう言った。


「はい。伊月いつきさんとお友達になりました。」


「と…ともだち?!」


勝手にお友達宣言をしてしまった私に、伊月いつきさんは戸惑った様子だった。


―― あ、図々しかったかな。


少し自分の発言を後悔している私をよそに、オババ様は嬉しそうに破顔した。


「ほうー友達になったのか。良き事じゃ!」


「ところで」


と、伊月いつきさんが話題を変える。


「城からの呼び出しの用件は一体何だったのです?」


「ああ、まあ、予想はしていたが、国主こくしゅ那美なみを探しておる。」


「へ?私を?」


「やはりそうでしたか。」


私以外の人には予想済みだったらしい。

二人がどういう関係かはよくわからないけど、阿吽あうんの呼吸で会話しているようだった。

たったのその短いやりとりで、伊月いつきさんが私が異界人だということをもう知っていると、オババ様は見抜いたようだった。


「もう那美なみがどこから来たかは知っておるな?」


「はい。最初に那美なみどのを見出した時に気付いておりました。」


「まあ、そうだろうな。」


オババ様は言ってしまった私を責めずに何事もないかのように話を続ける。


「異界人がこの世に降り立つという予言が出たのは三カ月ほど前だったかな。その異界人がすでにこの地に降り立っておるという新たな神託があったそうな。皇帝の預言者はなかなか優秀じゃな。」


オババ様はうんうんと感心している。


「あのう、私を探し出しても何の得にもならない気が…。」


「さぁ、どうだろうな。オヌシはなかなかのカムナ巫女になると私は見込んでおる。」


「えっと、私、お城に出頭した方がいいのですか?」


伊月いつき、どう思う?」


オババ様は意外にも伊月いつきさんに話をふる。


「それは…那美なみどの次第です。ここの国主や皇帝と協力してまつりごとに関わりたいのであれば行っても良し。しかし…」


伊月いつきさんがそこで口をつぐんでしまった。


「あのう、私は政治に関わりたいとは、これっぽっちも思わないです。」


まつりごとに関わるのは私も勧めんな。特に今の愚鈍な国主こくしゅとはあいさつするのも面倒だ。」


オババ様ははっきりと言い切る。


―― 愚鈍なんだ。の国の国主こくしゅ


国主こくしゅ那美なみどのを見つけ出したら、さっさと都に送るでしょう。皇帝に差し出して褒美をもらうことしか考えておらぬ気がします。」


さっき伊月いつきさんがこの世界の事を話してくれた時、都の話もしてくれた。

都へはここから馬で2日、歩いて3,4日かかる場所にあるらしい。


「あのう、都…行きたくないです。もし、ご迷惑でなければ、もうしばらくオババ様の所にいたいです。」


私は少し泣きそうになった。

せっかく夕凪ゆうなぎちゃんやオババ様と慣れてきたのに、また知らない所に行くのは結構つらい。


「案ずるな。人間の小娘の一人や二人、迷惑ではないぞ。」


オババ様がペットにするように私の頭をワシャワシャとなでた。


「それではオヌシが異界人ということは伏せておけば良い。私も伊月いつきも他言せぬ。」


伊月いつきさんがは大きくうなずいた。


「あ、ありがとうございます!」


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