煎じ薬
「そういえば…」
しばらく縁側で雑談していたら、伊月さんは何か思い出したように私に顔を向ける。
「オババ様からそなたに薬の作り方を教えるように言われておったな。」
「どんな薬ですか?」
「元々、血を回復する、
「そうなんですね。と、いうか
「そうだ。」
「すごい!お医者様みたいですね!」
「少しばかり、薬学の心得があるだけだ。」
この世界のテクノロジーを考えると、きっと医療もそこまで発展していないかもしれない。
自分で自分の健康をしっかり管理しないとな。
そんな事を考えるうちにふと、意識がもうろうとしていた時の事を思い出した。
「そういえば、あの木のうろから落ちて、この世界に来た時なんですけど…。」
誰かの手のぬくもりを感じた気がする。そして…
「何かとても苦い物を飲んだような気がするんですが、もしかして、
「ブッ。ゴホッ、ゴホゴホ!」
それまでお茶を飲んでいた
「だ、大丈夫ですか?」
私は慌てて
よく見ると
「顔が赤いですよ。熱があるんじゃ?」
「だ、大丈夫だ。」
―― 咳は収まったようだけど、心配だな。
「ゴホン」
「確かにあの時、薬を飲ませたのは私だ。すまないことをしたと思っている。」
そうして私を真っ直ぐに見た。
「ただ、あの時のそなたは血の気がひいていて、体を温めるものと、滋養をつけるものが必要だと判断したのだ。」
そこまで一気に言うとガバッと頭を下げた。
「この通りだ、許せ。」
―― え? なんで謝ってるの?
「あ、頭を上げてください!」
それでも
私は意味がわからず、慌てて
―― じゅ、重量が!
「謝らないでください。頭を上げて下さい。むしろ感謝しているんです。」
大きな上半身を一生懸命押し上げて
「確かに薬はすごく苦かったのを覚えてますけど、苦いのは嫌いじゃないです。コーヒーも濃いブラックが好きだし。」
「こおひ???」
「とにかく、その薬を飲んだあと、体が温まって、心地よくなった記憶があります。それに…」
私は膝の上で両手をキュッと握りしめた。
「運良く
この世界には人身売買が存在するらしく、身元の分からない者は誘拐されることもあるそうだ。
特に身元の分からない女の人は女郎小屋に売られてしまうこともあるらしい。
その可能性もあったと思うと、こうやって心ある人に助けられたのが奇跡みたいだ。
「とにかく、
「礼には及ばぬ。」
「でも...」
とにかく、伊月さんは礼には及ばぬの一点張りだった。
「さて、オババ様が戻る前に、そなたに薬の作り方を見せよう。」
――あ、本だ。
「あの、見てみてもいいですか?」
「ああ、かまわぬ。」
一冊取って、パラパラとめくると、
――あ、普通に読める。
時代劇によく出てくるような達筆すぎる文字だったらどうしようと思ったけど、この世界の文字は不思議に読めた。
時々わからない言葉もあるけど、書き方は現代日本の書き方にすごく近い。
「字がわかるのか?」
その本は医薬の本だった。
「あ、はい。読めます。時々、分からない言葉はありますが。」
私は本をそっと棚に戻した。
その後オババ様が戻ってきたのは薬を作り終えてしばらくたった後だった。
その間、
「オヌシら、もう仲良くなっておるようだな。良い事じゃ。」
オババ様は帰ってくるなりそう言った。
「はい。
「と…ともだち?!」
勝手にお友達宣言をしてしまった私に、
―― あ、図々しかったかな。
少し自分の発言を後悔している私をよそに、オババ様は嬉しそうに破顔した。
「ほうー友達になったのか。良き事じゃ!」
「ところで」
と、
「城からの呼び出しの用件は一体何だったのです?」
「ああ、まあ、予想はしていたが、
「へ?私を?」
「やはりそうでしたか。」
私以外の人には予想済みだったらしい。
二人がどういう関係かはよくわからないけど、
たったのその短いやりとりで、
「もう
「はい。最初に
「まあ、そうだろうな。」
オババ様は言ってしまった私を責めずに何事もないかのように話を続ける。
「異界人がこの世に降り立つという予言が出たのは三カ月ほど前だったかな。その異界人がすでにこの地に降り立っておるという新たな神託があったそうな。皇帝の預言者はなかなか優秀じゃな。」
オババ様はうんうんと感心している。
「あのう、私を探し出しても何の得にもならない気が…。」
「さぁ、どうだろうな。オヌシはなかなかのカムナ巫女になると私は見込んでおる。」
「えっと、私、お城に出頭した方がいいのですか?」
「
オババ様は意外にも
「それは…
「あのう、私は政治に関わりたいとは、これっぽっちも思わないです。」
「
オババ様ははっきりと言い切る。
―― 愚鈍なんだ。
「
さっき
都へはここから馬で2日、歩いて3,4日かかる場所にあるらしい。
「あのう、都…行きたくないです。もし、ご迷惑でなければ、もうしばらくオババ様の所にいたいです。」
私は少し泣きそうになった。
せっかく
「案ずるな。人間の小娘の一人や二人、迷惑ではないぞ。」
オババ様がペットにするように私の頭をワシャワシャとなでた。
「それではオヌシが異界人ということは伏せておけば良い。私も
「あ、ありがとうございます!」
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