共舘伊月ともだていつきよろいを身にまとうと颯爽さっそうと馬に乗った。


「ものども、準備はいいか?」


「おー!!!」


「出発!!」


荒くれ者を引き連れて、伊月いつきは城門を出た。

兵士たちの家族の者が門の周りで見送っている。


伊月いつきには見送る者も帰還を願う者もいない。


殿との、市中くらい面具めんぐはずされてはどうか?」


軍師の堀正次ほりまさつぐが馬を詰めて来て言った。


「市中の者に顔を知られるのはかぬ。」


「私は殿とのの武功とご雄顔ゆうがんを共に市中の者に知らしめとうございます。」


「私には いらぬことだ。」


伊月いつきは市中では出陣の時も凱旋がいせんの時も、鬼の面具めんぐをつけている。

鬼武者と名高い武士と共舘ともだて将軍という自分の名前を結びつけたくないようだ。


「鬼武者の顔は鬼の面具めんぐでいいではないか。人間の顔など興ざめであろう。」


などと、よく軽口を言っている。


戦のない時は顔を隠さずに市中に出かけ食事処などに寄ったりしているが、必要以上に民との交流はない。

食事処の者たちも時々やってくる無愛想な大柄の武士が、あの、泣く子も黙る鬼武者だとは思ってもいないだろう。


伊月いつきができるだけ目立たぬようにしている理由はわかる。

この亜国あこく国主こくしゅ裁量さいりょうが狭く、嫉妬深い。

国主は伊月いつきが目立つのを嫌っていて、伊月いつきを目の敵にしている。

そして、今回の討伐軍のように、国境での小競こぜり合いや、魔獣討伐など、

伊月いつきレベルの武将がわざわざ行かなくてもいいような戦や、新しい領地が得られない戦ばかりに駆り出される。


―― それでもこの方は、文句も言わずにただただ領主の意向に従われる。

―― なぜだ。一言物申せばいいだろうに。


自分のあるじの武功を声高に叫んで知らしめたいほりとしては皆目かいもく面白くない。



行軍が始まりしばらくたって、この討伐軍はある村に立ち寄る。

この村にある神社で願掛けをし、地方の野武士たちと合流する予定だ。

必勝の願掛けの儀が終わり、軍が充分に大きくなった所で、

神殿を立ち去ろうとする伊月いつきしわがれた老婆の声が呼び止めた。

巫女のおさだ。


「お侍さま、面白き御神託が出ております。」


年老いた盲目の巫女はまるで見えているかのように伊月いつきの方にまっすぐと向かって言った。


「どのような御神託か。」


「お侍さまは不思議な拾い物をなされるという事にございます。」


「拾い物?」


「はい。鳥のようなものだと出ております。幸運の物ゆえ大切になさって下さりませ。」


「鳥? わかった。心得ておく。」


討伐軍は良き神託を得、意気揚々と出陣した。


―― これは良くない。


伊月いつきはその顔や態度にはおくびにも出さないが、正直、戦況は悪かった。

今までも様々な戦いに駆り出され先陣を切ってきたが、このような状況は初めてだった。

敵の軍は人間だけでなく魔獣をも引き連れてこの戦にやってきたのだ。

それは想定外のことだった。


―― 戦において想定外はあってはならぬ。


伊月いつきは拳をキツく握りしめた。


情報収集は常日頃からやっているのだが、何者かが情報を途中で操作したとしか言いようがない。

そもそも魔獣を使いこなすということは今まで不可能とされてきた。


―― 一体誰がどうやってこのようなことをやってのけられるというのだろうか。


今にも崩れそうになる一隊を見ながら次の戦略を考えていたその時だった。


「もしもの時は殿とのだけでもお逃げなさいませ。」


ほりが言う。


「それは無理なことだ。ここで撤退すればあの魔獣を連れた軍が我が国へと攻めるぞ。たとえ私の命がここで朽ちようともあの者たちを道連れにしなければいかん。」


「しかし殿とのだけでも...。」


「私はまだ死ぬ気はない。かと言ってノコノコと逃げるつもりもない。まだ活路はある。」


先ほどから入ってくる各軍の戦況報告によれば、敵が連れている魔獣は飛行型で、厄介なことに火を吐くということだ。


「火が届く距離は一間いっけんほどです。」


堀は的確な情報収集を行っている。


「飛距離の長い弓、それから投石軍、槍隊などをうまく使えば、活路を見いだせるはずだ。」


「はい。その通りです。それから飛行系の魔獣は木々の多いところでは視界が遮られ人間を襲いにくうございます。」


「よし、軍を移動させて林の中へ誘い込むのがいいだろう。」


できる限りの手を打とうと、伊月いつきほりが思案していたその時、突風が起こったと同時に轟音が鳴った。


ゴロゴロゴロゴローピカッ!!


今まで雲ひとつない晴天だった戦場の真ん中に旋風せんぷうが起こり、黒い雨雲がモクモクと生まれ始めた。


―― な、何だ!?


その光景は何とも言えない不思議なものだった。

まるで何もないとこから竜巻と雨雲が発生し、そこの中に雷が埋めこまれているように、

雲の隙間から雷光が見え隠れしている。


その次の瞬間、急に土砂降りが始まり、強風が吹き荒れた。


「これはしてやったぞ!」


あの飛行型の魔獣の吐く火が雨にかき消え、効力を失った。

強風のおかげで飛行がままならぬようだった。


「槍兵を突き出せ!」


活路を見出した伊月いつきは指令を出し、陣形を整え、軍を徐々に移動させる。

上手く隊を林の方へ誘導して、魔獣の攻撃と敵兵の攻撃を防ぐ。


「勝機は我らにあり!」


伊月いつき軍が活力を出したその時だった。


ドカーン!!


轟音ごうおんが鳴り響いた。


今度は雷が敵陣に落ちたのだ。

そしてまた雷が落ちた。次々に落ちた。

次に落ちたのは魔獣たちの体にだった。

まるで敵軍だけ狙ったかのように雷は魔獣と敵陣にと落ちる。


丸焦げになった魔獣たちは次々にその巨体を地上に落としていく。


それとともに相手の雑兵たちは魔獣の下敷きになり、圧死した。

まるで天が敵の軍だけを狙っているようだった。


「天罰だ! 天罰が下ったのだ!」


敵の雑兵たちが騒ぎ始め、武器を投げ捨て慌てて逃げていく。

それを見た足軽の長たちも将軍たちも潰走を始めた。


「深追いはするな。だが多少の捕虜は取れ。このまま敵本陣に攻め込む!」


「軒猿に魔獣使いの情報を集めさせよ!」


何が何やらわからぬままも伊月いつきは的確に指示を出す。


「敵本陣壊滅かいめつ!」


「よし、勝鬨かちどきを上げろ!」


左右のものが一斉に散り、勝ち戦を知らせるとともに勝鬨かちどきが上がった。


「人のいくさに魔獣など使うから神罰が下ったのだ!」


この風と雷を皆は天罰だと解釈したようだった。


「神の加護は我らが大将とともにあり!」


ほりの言葉に味方の兵士たちの歓喜が湧いた。


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