第35話 ヘンリー8世号の船内

 ヘンリー8世号の探索は続く、俺は貴賓室にあったガラス製のペンとインクそれに置時計を持って貴賓室を出ると、キャサリンが貴賓室がある鐘楼の両開きの大きな扉に鍵を掛ける。

 俺は、同行していた根来の楓に命じて貴賓室の厳重警戒をさせる。


 次に向かったのは前の鐘楼だ。

 前の鐘楼も2階建てで、2階部分は衝角で衝突後敵船に乗り移る海兵隊の待機場所(詰所)だ。

 ただイングランドを出る際にキャサリン達が集めれたのは領地の関係から水兵が100名程度しかいなかった。

 それで海兵隊自体がいなかったので、これまで一度もこの待機室は使われていない。

 1階部分は明り取り用の窓があるぐらいの薄暗い船長室と医務室そして共用のトイレと風呂が設けられていた。

 キャサリンとグランベルの二人はほぼこの部屋にいたという。・・・薄暗いが他の船員と隔離された状態でペストとわかった時点でグランベルも医師として匙を投げた状態だ。

 天文18年(1549年)で俺は15歳になるが、この二人も俺と同い年か一つ下位なのだ。・・・前世では15歳は中学校の3年生か高校の1年生ぐらいだよ、いくら医師の勉強をしていたと言ってもペストに対する知識も経験もなければ匙を投げるしか手が無いだろう。


 この薄暗い部屋にはランタンが下げられている。・・・現代人の知識を持ち電灯の明るさを知る俺とすれば、ランタンなど過去の遺物だがこの当時は画期的な発明品なのだ。ガラスで覆われているから炎が爆ぜても延焼しにくい。(木造船では重要な事だ。)それにろうそくよりも明るいのだ。顕微鏡を作った長吉君とガラス職人にランタンの製作を直ぐに取りかかるように命じるか。

 先に見た貴賓室にも壁や天井からランタンが下げられていたが全面ガラス張りの為日差しが入って明るい部屋だったので気にも留めなかった。・・・う~ん武道家としては少し反省!


 船長室も医務室も執務机とベット衣装箪笥に書架という造りである。

 船長室にも貴賓室に置いてあったような置時計が置かれていた。

 それ以外で変わった所と言えば船長室には武器庫が、医務室には医療道具を入れた部屋が設置せっちされていた。

 衣装箪笥についてはキャサリンもグランベルも恥ずかしがって中を見せたがらなかったが、後方の鐘楼の警戒警備の人員を配置した根来の楓が


「後で私がキャサリン達と一緒に衣装箪笥の中を見ていいでしょう?

 その際商品になりそうなものがあったら船外から持ち出して、桑名の尾張屋支店で作って発売してみるわね。」


等と言っている。・・・衣装箪笥にあった絹製の女性用のかぼちゃパンツ(ドロワーズ)が隠れたヒット商品になった。絹製品だぜやはり尾張屋の取り扱いだ。


 船長室の壁にも業物の2本のレイピアがクロスして飾られている。・・・う~んキャサリンもグランベルも貴族の子女だったので、幼少の頃から西洋剣術を習っていたと言う、一度西洋剣術を見ても良いかもしれない。

 船長室の隣の武器庫の中には海兵隊の為の未使用の火縄銃がずらりと並べられておりその数は30丁、貴賓室にもあった同型で小型の青銅製大砲1門と拳銃様式の火縄銃5丁、それに砲弾や銃弾、火薬を詰めた樽も置かれていた。

 船長室の執務机には海図が置かれている。・・・う~ん前世の俺から見ると西欧諸国はかなり克明に描かれているが、その他の地域についてはかなり大雑把な世界地図である。

 特に違和感を感じたのがオーストラリア大陸が描かれていないのだ。それはそうだ1606年になってやっと欧州人がオーストラリア大陸を発見したのだから。

 さらに机の上には俺が手掛け始めた望遠鏡もあった。・・・さすがに技術力では一歩も二歩も先を行く欧州の望遠鏡である、ガラスの曇りが無くすっきりと見える。ガラスについてはこの技術水準までひき上げる必要がある。


 医務室の医療道具入れには手足を縛れるようなベットとノコギリ等の大工道具が置かれている。・・・拷問用具か!?しかし欧州諸国も金創医と同じレベルかと思うとおぞましいものがあるが桜子やおかよにとっては宝の山のようだ…目の輝きが違う。 

 医務室の書架にはあまり書籍が入っていない。

 それにその書籍も医療関係の本ばかりで俺には興味が無いが、最新の西洋医学書だなにやらグランベルがその中の数冊を手に取り


「この医学書は大外科書と言う名前で全部で7巻あるは。

 大外科書はフランス人外科医のギー・ド・ショーリアックという方の書かれ我が国だけでなく広くヨーロッパの医師に読まれている教科書のようなものよ。

 桜子さんやおかよさんと共同して、この書籍を翻訳しましょうよ。」


と言うのだ。・・・現代日本と医学の驚異的な進歩に繋がる。願ったりかなったりである。


 俺の方が興味があったのは船長室の大量の文献が詰まった書架のほうだ。

 この書架は宝の山で、この船の鋳鉄製の大砲の製造過程が記載されていたり、鋼鉄を造り出す反射炉や転炉等についても絵図面入りの書籍が山のようにあったのだ。 

 これでこの鋳鉄製の大砲を造ることが出来るようになるのだ。・・・しかし問題は鉄の原料になる鉄鉱石だ。刀がこの大砲から何振りできるか。それを考えたら大砲造りの為に鉄鉱石を購入するとしたら・・・う~ん!この船に積んである金塊でも無理だ。


 ヘンリー8世号の下層部に並ぶ鋳鉄製の大砲や砲弾や火薬庫、水兵に配る火縄銃が100丁やサーベル等が納められた武器庫、士官室や水兵の寝床等の見分が終わった。

 これで船に積まれていた武器は鋳鉄製大砲は全部で32門、小形の大砲2門、火縄銃が300丁、拳銃様式の火縄銃が10丁その他にサーベル等の西洋の刀であった。


 水兵などに配るサーベルはなまくらだが貴賓室にあったものやグランベルの部屋にあったレイピア等は俺の目から見ても業物で装具なども一級品だった。

 船の見分も終わり、ペストを発生させた鼠も見かけなかったことから、ヘンリー8世号を第2埠頭まで関船を使って移動させて横付けさせる。


 船が第2埠頭に横付けされたので、俺はランタンと貴賓室に設置された置時計と執務机の中から筆記用具を持ってヘンリー8世号にかけられた階段ラッタルを駆け降りる。

 そこには噂を聞きつけていた美濃屋のおしのさんがおしんと手代の新吉を連れて待ち構えていた。・・・ほんと鼻が利くのだ!

 俺は


「このガラス製のペンやインクについて研究して販売できるようにするように。」


と言って美濃屋のおしのに渡した。

 置時計を小脇に抱えランタンを下げて長吉君のいる乾ドックに行き長吉君に


「この置時計とランタンのようにヘンリー8世号内の使えそうなものは商品化するように。」


と命じた。

 これで明智光秀達はポルトガルのガレオン船に加えてヘンリー8世号の警戒にもあたることになったのだ。


 もう一度第2埠頭に戻ると、レイピアを腰に差したキャサリンとグランベルがヘンリー8世号から降りてきた。

 二人は


「どう西洋剣術と闘ってみたくない。」


と言って俺にレイピアを放ってよこした。

 俺が顔面レイピアを立てて礼をしたのに二人は驚いていた。

 二人はサッと同じように礼を返して、レイピアを俺に向かって突き出して残った手を腰に当てると果敢に攻めてきた。


『カン』『カン』『カン』


とレイピアどうしが激しくぶつかり合い火花が散る。

 たが俺の敵ではない。

 日頃の鍛錬と腕力それに経験の差によって、一瞬の二人の隙をついて二人の持っていたレイピアが宙を舞った。

 圧勝である二人とも悔しそうで


「今度はもっと腕を磨いて勝ってみせるは!」


と宣言して、その後は赤堀家の双子との早朝稽古に彼女達も加わったのだ。


 今後このヘンリー8世号がしばらくの間、織田家の旗艦として活躍する事になるので航海士のウイリアムズとボーズンのジョンとで水夫として雇った船頭や水主それに忍者集団についても訓練をさせる。

 何はともあれヘンリー8世号を見分し、船から降ろしても良さそうな物は降ろし、さらには造れそうな物の手配等の見分後必要と思われる事項は全て終わった。

 次は乾燥も終わったポルトガルのガレオン船内の見分である。

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