短編小説 バイアス

H.K

コウジとシゲル

コウジ君とシゲル君は他の子達よりも身体が一回り大きくて、時折、友達を困らせる行動が目についた。また、男女問わず二人への第一印象は〝怖い〟と思われることだった。それに反して、本人達は自ら友達へ危害を加えるようなことはしなかった。

 しかし、この二人の子は友達であって全くの他人だから、類似することばかりではない。

 コウジ君は無口で色白で、会話さえ成り立たず他人に目を合わせることさえしなかった。そのため、対人関係は成立できずにいて自分勝手な行動ばかりだった。思い通りに行かない事態に陥ると大騒ぎした。

 一方、シゲル君は、日焼けをしていて衣服で隠れない肌は色黒でよくおしゃべりをし、みんなに親切で大人のいうことはよく聞き、活発な子で肥満ながら気に入られる振る舞いが多く優良な幼児に見られがちだった。しかし、友達から意地悪なことをされたり、友達が意地悪をしているのを目にすると豹変し、普段の〝良い子〟の側面とは裏腹に我を忘れ、暴力を振るうのだった。

 要するに、コウジ君は自閉症を患っており、登園している時間帯以外は、自宅で過ごすことが多く、両親も無理に外へ出そうとはしなかった。いや、外に出て、行動パターンを遮られてパニックを起こされるのを両親は避けていたのだ。また、障がい児が通園できる施設は遠方にあり、通園用のバスさえ利用できず、シゲル君と同じ幼稚園へ入園する時期が遅れてしまい、中途入園を余儀なくしてしまったのだ。

 そしてシゲル君は、両親の躾が厳し過ぎて、二人いる兄達も隠れて両親の真似をし虐げるため、幼いながらストレスを抱えていた。本人はそんな意識はないが、過食と大人を含め歳上への屈従、外遊びがストレスを発散、回避行動になっていた。すなわち、家族がストレッサーであるため、常にストレスを抱えていて、両親から躾られた正義と反する状況が身近で起こると易怒的感情放出と暴力行為がみられるのであった。

 

「コウジ君、それは飲んだらだめだよ」

 

 シゲル君はコウジ君が手に持つ紙コップを素早く取り上げた。

 

「コウジ君、これはお茶じゃないよ、色は似てるけどおしっこだよ、今日はみんなのおしっこを調べるんだって、コウジ君はいつもはおしっこ飲まないでしょ」

 

 コウジ君から返ってくる言葉はないが、初めてシゲル君と目を合わすことになった。

 

「コウジ君、シゲル君のいう通りなの、これはおしっこだから飲むことできないの、いらっしゃい、お茶飲みに行こうか、シゲル君ありがとね」

 

 幼稚園教諭のイトウミユキは、コウジ君を宥めて、シゲル君にお礼をした。

 

「誰だ、砂ぶっかけたやつは」

 

 砂場で複数で遊んでいたシゲル君は、目に入らない後ろから、それもしゃがんだ姿勢で不意を突かれ、砂をかけられた。

 一緒に遊んでた子達は、また、シゲル君が癇癪を起こして、一波乱すると察した。

 

「なんだコウジ君か、だめだよ人に砂をかけちゃあ、ほら、髪の毛の間にも砂が入っちゃったよ」

 

 周りの子達は驚いた。シゲル君が怒らなかったことに。いちばん驚いたのはシゲル君本人だった。砂をかけられ、立ち上がって後ろを向くとコウジ君で両手で万歳してて、笑っている姿を見ると怒りが瞬時に冷めたのだ。

 すると、周りの子達も笑い、コウジ君に優しく、悪戯をしないように説明を始めたこが数名いて、他の数名が心配そうにシゲル君の肩や背中にこびりついた砂を払い始めた。

 

「やられちゃったよ、おうちに帰ったら直ぐお風呂に入らないと」

 

 シゲル君は砂を払ってもらってることに照れながら、怒らなくて良かったとも考えたが、それを口にすることはできないでいた。また、他の子達がコウジ君と仲良さそうにしているのをみて嬉しくもなった。

 

 翌日から、みんなはコウジ君のお世話を始めた。コウジ君もシゲル君にだけではなく、他の子達にも目を合わせることができていた。

 シゲル君はそれを見て、自分自身が怒らなかったことでみんながコウジ君と仲良くなったと理解した。何かあっても怒らないようにすることで良いことがあると感じてた。

 

 その翌年のお正月に、シゲル君には、コウジ君の母親が代筆した年賀状が送られてきた。

 

「シゲル、コウジ君ってお友達がいるの、なんでもっと早く教えてくれないの」

 

 シゲル君は普段、幼稚園でのできごとを両親に話しをする余裕がなかった。また、いつものように説教されてる気になり、そういう母親に〝ごめんなさい〟と謝るだけだった。


 数一〇年後、コンビニの灰皿の側でシゲルはタバコを吸っていた。コンビニのレジ袋ではなく、ロゴがない真っ新で薬が入った小さめのレジ袋を持って。そして、目線がコンビニと平行になる姿勢になっていて、右側が車道だか、その目線の先や車道を意識することはなかった。心療内科を受診した後で、缶コーヒーでも買おうとしたが、薬の入ったレジ袋を持ってきてしまったことで、店内に入る気が失せてしまい、思わずタバコに火をつけたのた。

 しかし、一〇メートルくらい先のバス停から視線を感じ、それに意識を向けた。

 バス停には白髪でライトブラウンのウエストラインに細い同色のベルトを絞めたワンピースを着た女性が身体の前で垂らした両手を重ね合わせて綺麗な姿勢でこちら側を向いていた。その女性の傍には顔を斜め上方向に向けて、左右交互に向けながら、両手を胸の辺りまで上げて、軽く手首と全ての指を曲げて動きを止めているシゲルと同じ歳ごろの男性がいた。誰もがその二人は親子だと、それも障がいを持つ成人男性と高齢の母親だと分かる情景だった。母親はバスがくるのを待ち構えているようにも見え、シゲル自身を見つめているようにも感じたが心当たりある人とは思えなかった。

 タバコを満足しかけたシゲルはそう考えていたが、バスを待ち構えているに違いないと思い、灰皿にタバコを消さずに捨て、反対側にある自分の車を停めていた駐車場へ歩きだした。

 

 家につき、ホッとしたシゲルは、インスタントコーヒーを淹れ、テレビをつけて、タバコにも火をつけた。

 頭の中では、コンビニで紙パックのブラックコーヒーを買えば良かったと後悔していた思考が巡っていたが、ふと思い出した。

 〝あのバス停の男性はコウジだったかもしれない。あの老いた女性はコウジの母親だったかもしれない〟と。

 そう思うと涙が滲んできて、目の前の映像はぼやけていた。シゲルは久し振りに涙を込み上げた。身体が和らぐのを覚えた。肩の力が抜けていく心地良さを感じた。また、仕事がしたい気持ちが生まれだしていた。

 

 終

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