書き散らし
くじらのなみだ
百足
初めて百足を見た時あまりにも独特で異常な見た目に嫌悪感を覚えた、だがそんな彼も商売の世界では足が沢山あるから客足が増えるといった御利益もあるらしい、醜いと思ったものも見た目も見方を変えればなぜだか良いものに見えてくる気がする。
「お前の家オンボロだよな!虫と住んでるんだろ!やーい!虫男!!」
箒で頭を叩かれる、僕の通っている中学ではこれはイジメでは無いらしい、確かに僕の家は貧乏でボロアパートに母と2人で住んでいるが、家がボロいからこそ身だしなみには気を使っている、それなのにイジメられるということは本当にイジメに理由などないのだろう。
僕はイジメをしたことがないから分からないが、きっと彼らの中ではイジメの中に何か正義を見出したのだろう、この世には必要悪という考え方がある
戦隊物の特撮でも悪役が居ないと何も起きないし、国家規模でも、ひとつの国を敵視する事で国同士の協力がより強固になったりする、その必要悪がこのクラスで僕だったという話だろう、
僕一人が我慢することでこのクラスが平和なら甘んじてその役目を全うしようと思う。
私のクラスにはイジメられている人がいる、
彼とは小学生の頃から同じ学校だった、
小学生の時は明るい人だったと記憶してる、
だけど中学生になってイジメられるようになってから昔のような明るさは無くなっていた、
しかしいじめられてる彼は綺麗に見えた、
どれだけ馬鹿にされても必死に耐えている、まるで蝶の蛹のような美しさを彼に見た、
彼が羽化するのはいつだろうか、
私はそれだけが楽しみだ
「ねぇ、今度君の家行ってもいいかな?」
僕が放課後一人で教室に残っていると、このクラスで人気の女子に話しかけられた、彼女はクラスの人気者、いわゆるスクールカーストのトップだ、そんな人が最底辺の僕に話しかけるだけでもおかしいのに、家に来たいとはどう言うことだろうか、
何か裏があるのではと警戒して辺りを見渡すが人が見ている様子はない、
正真正銘僕と彼女の2人きりだ
「急だね?僕は構わないけど、理由が聞きたいな」
「理由?友達の家に遊びに行くのに理由がいるかな?」
彼女はさも当然のように言った、どうやら僕は彼女の友達らしい、スクールカーストトップにもなると周りはみんな平等に見えるのだろうか?
それとも僕がイジメという環境にあるせいで人の上下に敏感になってるだけなのか?
「わかったよいつ来るの?」
「そうね、今週の土曜日とかいいかしら?」
「いいよ、その日は迎えに行くね」
「ありがとう」
それから僕らは少し話してそれから一緒に途中まで帰ることになった、それから何もなく分かれ道でそれぞれの家に帰ることとなった。
「母さん、今週末の日曜日に友達が来るけど仕事かな?」
僕は家に帰るなり母さんに友達が来ることを伝えた、思ったより僕は彼女が来ることについてワクワクしているようだ、
「おかえり、お母さんその日仕事ね、お金渡しとくから出前でも取りなさい」
そう言って家計も大変なのに少なくない量のお小遣いをくれた、恐らく母は僕が学校でイジメられているのを知っている、だけど僕が助けを求めない限りはノータッチでいてくれるようだ、ある種の母の優しさに僕は感謝している。
その後はいつものように夕食を食べてシャワーを浴びて明日の学校に備えて布団に入った。
翌朝学校に行くと教室が何やら騒がしい、しかし僕には関係ないことなので、いつものように目立たないように静かに教室に入り席に着く、
話の内容を盗み聞くに、昨日僕とあの子が一緒に帰ってるところを誰かが見ていたらしくそれが話の種になっているようだ、
先程からチラチラとこちらを見てはヒソヒソ話しているのが見える。
しばらくして話の渦中の人物が教室に入ってきた、するといつも彼女の取り巻きをしている女の子が挨拶も忘れて問いかけた
「ねぇ、アンタあの虫男と一緒に昨日帰ってたって本当?」
問いかけられた彼女はまっすぐこちらを見て答えた
「虫男って彼のこと?そうなら一緒に帰ったよ、何かおかしい?」
きょとんとした顔で聞き返す彼女を見て、
問いかけた取り巻きは信じられないものを見たかのような顔をした、
それからすぐ担任が入ってきてHRが始まった。
昼休み彼女は珍しく1人だった、いつもは取り巻きと一緒に色んな話をしていたのだが、
しかし、残念なことに理由はわかっている、
僕と一緒に帰ったということが彼女のスクールカーストを引き下げたのだろう、悪いことをしたなと思った、
必要悪は僕一人で十分だ、そして僕のせいで彼女が蔑まれるのはどこか気持ちが悪い、
どうにかして彼女の汚点を払拭しないといけないと思った僕はおもむろに立ち上がった、幸か不幸か給食が終わってすぐなのでクラス全員が揃っていた、
「昨日の放課後の話だけど、僕が無理やり一緒に帰らせたんだ、その子は優しいから朝は嘘をついただけなんだよ」
僕は震える声でそう告げた、みんなの視線が突き刺さる、その中でも特に彼女の驚いたようなどこか嬉しそうにしている瞳は僕の脳裏に焼き付いた、きっと忘れることは出来ないだろう。
放課後になった、昼休みの1件から、いままで無関心だった女子からも直接ものを言われたりするようになったが、元々男子からされていることを女子からもされるようになっただけで変わりはない、それで彼女が普段の様に戻れるならそれで良かった、
今日は彼女が教室に来ることも無く帰宅することになった、明日は土曜日、彼女が家に来る日だ、本当に来るのだろうか。
驚いた、それが1番の感想だった、彼が初めてクラスメイトに反抗したのだ、それも私のために、彼が私のために震える声で勇気を振り絞って羽化しようとしている姿はとても愛らしかった、今日あんな頑張ったのに私が話しかけなくて彼はどんな気持ちだろうか、
もし明日私が行かなかったら彼はどんな気持ちだろうか、
もし私が周りと同じように彼をイジメたら彼はどんな気持ちだろうか、
彼は酷く醜くい虫男だ、周りから蔑まれて、
馬鹿にされて、無視されて、
それでも気にしてないように振舞って、それでまた嫌われていく、とても可哀想な虫だ、
だからこそ愛おしい、だからこそ色んな表情をみたい、
だからこそ明日彼の家に行って喜んでる表情を見てみたい、
それから仲良くなったと思ってる彼を裏切って酷い言葉をかけた時彼は羽化するだろう、私のために、私のせいで、私を想って羽化するだろう。
翌日約束の時間に待ち合わせ場所に着く、
僕は彼女を探すが見当たらない、少し遅れているのだろうか?それともやはり嘘だったのだろうか?
頭の中で嫌な考えがぐるぐる回る、
そうしているうちに1時間が経っていた。
私は待ち合わせ場所が見える公園に静かに息を潜める、遅れていくことで彼がどんな表情をするのか楽しみだからだ、
そうこうしているうちに彼が着いた、
最初は楽しげな表情をして辺りを見渡していたが、次第に表情は暗くなりしまいには俯いて悲しそうな顔をしていた、
相当に私が来るのが楽しみだったのだろう、
彼はなんて愛おしいのだろうか、まるで飼い主を待つ子犬のように大人しく待っている、
しかし限界が来たのだろうか、俯いたまま踵を返して帰路につこうとしていた、私は慌てて駆け出して、さも今来たかのように彼に話しかける
「ごめん!急に知り合いから犬のお世話を頼まれて遅れちゃった!」
私の声に彼は肩を跳ねさせ振り返る、私の顔を見て、さっきまで泣きそうだった顔がみるみるうちに笑顔に変わっていく、
「そうなんだ!ぜんぜん大丈夫だよ、それじゃあ行こうか」
そう言って彼は家への道を歩き出した。
彼女は来ないと諦めて帰ろうとしていたが、
タイミングよく来てくれて良かった、
長い間待ってた時間もチャラになるほど僕の心は明るくなっていた、
しばらく歩いて僕の家に着いた、正直このボロアパートを見て彼女は踵を返すと思っていたがそんなことはなく普通な顔をして家に上がった、
彼女の遅刻もあってちょうどお昼時になっていた、母から出前代を貰っていたので彼女が昼食を食べていなかったら出前を頼むことにする
「お昼ご飯食べてきた?まだなら出前でも取ろうかなって思うんだけど」
「ううん、早く君に会いたくて食べてきてない、出前いいね!」
あまりにもベタな言葉だ、他の人が言ったら疑うだろうが、彼女の真っ直ぐな笑顔を見てると信じたくなる気持ちの方が大きくなった、僕は何となく目を逸らして電話で注文する、
注文が終わると彼女が口を開いた
「君は休みの日普段は何してるの?」
「本読んだり勉強くらいしかしてないよ、君は?」
あまりにも普通な答えだがそれくらいしか言うことがないので、そのまま伝えた
「私は、友達と遊ぶかなぁ、あとはゲームしたり?」
友達と遊ぶというイベントは彼女にとっては普通なのだと、わかっていたがはっきり口にされることで、僕との違いに少し悲しくなった。
それからしばらく話していると出前が届いたので食べることにする、
届いたものを食べていると彼女の足元に百足がいることに気がついた、うちで虫が出ることは珍しくないのだが、今日は出て欲しくなかった
「どうしたの?」
僕の動揺に気がついたのか彼女は僕に問いかけ僕の視線の先を見た
「あー、百足かぁ、可愛いよね」
僕は彼女の言葉に目を見開いた
「百足って嫌われてるけど、よく見るとうねうねしてて目がクリクリで可愛いんだよ、しかも商売の世界では足が沢山あるつまり、客足が増えるってことで縁起物らしいよ」
彼女はそう言って百足を拾い上げ窓から外に出した
「すごいね、君は、この家よく虫が出るんだけど慣れないよ」
そう言った僕に手を洗いながら彼女は笑いかけた
「すごくないよ、君とは見方が違うだけ、そりゃ噛まれれば痛いけど、それ以外は別に悪いところないよ?人間の方がよっぽど怖いよ?」
「そういうものかな?僕は人間よりもこわいや」
僕がそう答えると彼女は目を細めて僕の頬に触れる
「本当にそう?人間は怖いよ、君も私も」
僕は彼女の言葉の真意が分からず瞬きを数回する、彼女はふっと笑って昼食の続きをとり始めた、話の真意を聞く雰囲気でもなくなったので別の話題を出した。
しばらく話していい時間になったので帰ることにする、僕は家まで送って行くと言ったが彼女が頑なに拒否するので渋々諦めた、そして今度は彼女の家に遊びに行く約束をして見送った。
楽しかった、休みの話題の時の一瞬見せた悲しそうな顔も可愛かったし、頬に手を触れた時の驚いて赤面した表情も良かった、やはり彼は楽しませてくれる、
最後の約束もとても嬉しそうな顔をしてくれた、とても愛らしい、
しかしこのままでは彼は羽化できない、
このまま幸せを与え続けても学校に行けば普段通りだろう、だから私は暗い中わざわざ彼のアパートの前で待っている、
部活が終わってそろそろ帰ってくるクラスメイトがここの前を通るはずだ、クラスメイトが彼をイジメてて、私の事が好きだということは知っている、私が彼の嫌いな相手の家から出てきたところを彼が見たらどうなるかは火を見るより明らかだった、
来週の月曜日が楽しみだ。
週が開けて学校に行くするとこの前より教室はざわついていた、普段どうり息を潜めて入ろうとすると、
イジメの主犯格の奴に急に胸ぐらを掴まれた
「お前!土曜日何してやがった!」
そう言って責め立ててくる、彼の話を聞くとあの子が僕のアパートから出て帰っていくところをたまたま目撃されたようだ、
僕が上手い言い訳を考えていると彼女が教室に入ってきた、またもや取り巻きが彼女に問いかける、
「アンタ無理やりあいつの家に呼ばれたんでしょ?変なことされてない?!」
「そうなの、来ないと殴るぞって脅されて」
彼女は顔を手で覆ってそう言った、僕は膝から崩れ落ちた、
あの楽しい時間はなんだったんだ、
一人で舞い上がってただけだったのか、
僕の胸ぐらを掴んでた男子が激昂して僕を殴りつける、不思議なことに痛みを感じない、
それほど彼女の言葉がショックだったのだろう、殴られ続けて揺れる視界の端に映る彼女と目が合った、確かに彼女は笑っていた、僕の家で見せた真っ直ぐの笑顔だった、
そして思い出す真意が分からなかった彼女の言葉を「人間は怖いよ、君も私も」という言葉を、
その瞬間僕の中で何かが切れた、
近くの机の筆箱からちらっと見えたハサミを掴んで、僕を殴りつけている男子の顔に突き立てた、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、
ぼんやりと悲鳴が聞こえる、最初は抵抗していた彼は次第に動かなくなった、いつの間にか静寂に包まれた教室で彼女と目が合った、歪んだ笑顔をしていた、
僕はそれを美しいと思ってしまった、
見惚れていると騒ぎを聞きつけた担任が入ってきて、僕を取り押さえてほかの先生を呼んでいた、それから先はよく覚えていない。
教室に入ると思った通りの事になっていた、
私は彼を絶望に落とすために芝居を打った、
泣きそうな声を出し彼に脅されたと言った、
すると胸ぐらを掴んでいたクラスメイトが彼を殴り出した、彼の絶望する表情はとても素敵だった、とても可哀想でとても愛おしい、殴られ続けているのを眺めていると彼と目が合った、笑ってることに気が付かれたのだろう、彼の表情が消えた、私は直感する彼は今ここで、私を見て、私のせいで、私のために羽化するのだろう、
彼がどこからか取り出したハサミが胸ぐらを掴んでいる男子を襲った、
鮮血が舞う、彼が突き刺す度に飛び散る紅は彼を綺麗に染めていく、まるで蝶の様だった、まさにこの瞬間彼は羽化したのだ、
私は今どんな顔をしているのだろう、恐らくこの現場には不釣り合いな笑顔をしているだろう、しかしこれが笑わずにいられるわけもない、彼が私のために蛹を破ったのだから!
しばらくして先生が来て彼らは連れていかれた、私達もこのまま授業に入れる訳もなく、このことを口外しないように口止めされて家に返されることとなった。
いくつかの日にちがすぎ、彼が引っ越したことを知った、あんな事件を起こしたのだからこの街にいることは無理だろう、
私は住所を調べて彼の家を訪ねた、
チャイムを鳴らしても誰も出てこない、ドアノブを回すと不用心なことに鍵がかかっていなかった、勝手に家に上がり彼を探す、狭い家で一つだけ寝室と思われる場所を見つけた、扉を開けると何もない殺風景な部屋だったあるのはベッドと机それといくつかの開けられていないダンボール、そして部屋の中心で窓を背に向けて首を吊っている彼だ、
私は崩れ落ちて膝を着くそしてあまりの愛おしさに衝動を抑えられず自慰を始めた、
彼が!私のために!私のせいで!私を思いながら!羽化して!空に飛び立ったのだ!最後まで私を想っていたのだ、あまりにも醜くて愛おしい、しばらく自慰に耽って絶頂した私は立ち上がり、
とっくに冷たくなった彼の唇に自分の唇を押し当てた、
そして近くのホームセンターでロープを買って、彼の首から縄を垂らした、そして私も彼と一緒に首を吊った。
この街で自殺があったという、中学生男女2人の自殺だ、死体の様子から心中では無く、女の子が後を追うように死んだらしい、男の子は絶望したような表情で死んでいたのに比べ女の子は満ち足りたような幸せそうな笑みで、見方を変えれば狂気的な笑みで死んでいたという、そして重なった2人のシルエットが百足に見えたことから近隣では百足事件と言われているらしい。
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