夏の日

中川瑚太郎

夢幻に思えてくる

「暑いな」

ジリジリと肌を刺す熱に、思わず呟いていた。目の前の海が、酷く眩しかったのを覚えている。

「かき氷食べたいな」

隣の少女はじっとこちらを見ていた。多分、駄菓子屋に行こうって意味なのだろう。

僕らは、海を見ていた。遊泳禁止であったが、泳いでいる姿を想像したら楽しいかなと思って訪れたことを記憶している。しかし、楽しくはあったがあまりにも暑くてそれどころではなくなってしまった。

「しょうがないな」

少しだけ雑に少女の手を取って、海辺から駄菓子屋に向かった。

僕らがいた場所から歩いて、数分くらいしたら小さな商店街に出る。その商店街の隅の方に、駄菓子屋はあった。藁で日除けを作って、涼しい音を風鈴が奏でている。外にはガチャガチャの機械が4つくらい並んでいて、景品の絵は日焼けで色褪せていた。

「おばちゃんいる?」

店の奥に問いかけた。中は暑いような涼しいような、でも外よりはマシな感じだった。

「あら、暑いのに元気だね」

のれんをくぐって、眼鏡をかけた女性が現れた。

「今日おばちゃんはいないの?」

少女は不思議そうな顔で訊いていた。

「今日はね、おばちゃんはお休みなの。だから私が君たちのかき氷を作るのですよ」

そう言って氷をかき氷機にセットする。

「ねーちゃん大盛りで頼むぜ!」

生意気にも、僕はこう言っていた。この頃は何も考えてなかった気がする。

「はいはい、わかったから待っててね」

受け皿を置いて、ゴリゴリと氷を削り始めた。

「シロップは何がいい?いちごパインブルーハワイの3つだけしかないけど」

今のうちに聞きたかったみたいだ。

「私はいちご!」

「俺はブルーハワイな!」

即答で答えてた。

「実は全部同じ味らしいのよ。色が違うだけ」

そんなことをハンドルを回しながら女性は言った。

嘘だろ、とその時は超えにならない声が出ていた気がする。

「私も信じられないんだけどね」

先がスプーンの形状になったストローを刺して、器を手渡してきた。氷は富士山の色を逆にしたように、頭頂部から青が垂れていた。

「今は楽しい?」

女性は僕らにそう問いた。僕らは口を揃えて、

「楽しい!」

と叫んでいた。興奮して、思い思いに楽しいと思える理由を並べ立てていた。

「その気持ち、大事にしてね。楽しいことと、楽しいと一緒に笑える人と居ること。凄いことなんだよ」

そんな、おばあちゃんやお父さんが言うような事を言われたことを覚えている。やはり、この頃は言葉の意味を理解出来ていなかったし、隣の少女と居られることを凄いことだとは思っていなかった。

「アイスクリーム頭痛には気を付けてね」

なんて、その後は何事も無かったように僕らと話してくれていた。その女性と駄菓子屋であったのはこの日が最初で最後であった。

僕らの住む町を散々駆け回って、満足する頃には日が落ち始めていた。少女を家まで送り届け、別れを告げる。

「バイバイ!また明日も遊ぶからな!」

そう言って後ろを見ながら走ってたことを思い出した。手を振ってくれる少女が見えなくなるまで、ずっと僕も手を振りながら走っていた。

カラスが鳴いた。何十羽も飛び立った。不吉はこういう虫の知らせのようなざわつきを振り撒いている。僕はその日、何事もなく眠った。この日は歩き疲れて酷く眠かった。そんな夏の日であった。

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