古き良き慣習

ゴロゴロ卿

古き良き慣習

 留学も二年目の春、去年学生寮からアパートに出た俺は一人暮らしを満喫していた。


―― テッ テケ テッテケテッテ テッテ テッテテー


 代わり映えしない呼び出し音でスマホを手に取った。


「ジョン、俺バックレることにしたから」


 マイクのやつ、またバカなことを言いだし始めた。


「マイク、おまえなに言ってるんだ」

「おまえこそ、忘れたのか。今日は留学前に国で借りた10万の返済日だ」

「あ、そうか、そうだったな」


 すっかり忘れていた。確かに今日が返済日だ。


「俺が借主でおまえが連帯保証人、だろ?」

「ああ、もちろんだ。忘れるわけがないさ」

「それでだ、国の司祭様に代わって娘のキャリー、おまえの許嫁だな。彼女が取り立てにくるっていうからお前に返済させてやろうって熱き友情だ」


 電話の後ろから同室のビルがはやし立てる声が聞こえる。


「何が友情だ。二年くらい返済を猶予してもらうよう一緒に会いに行くぞ」

「やだね。ちなみに返済額は60億に増えてるから返して彼女に喜んでもらえ。もう取り立てにそっちに向かってるはずだぞ」

「おい、冗談じゃ……」


 ちっ、俺の話を聞かずにさっさと切りやがった。


 バックレるって、あの調子ならまだ学生寮にいるに違いない。学校の敷地内にある寮まではひとっ走りだ。動き出す前にひっつかまえてやる。


 とりあえずジャージのポケットに小銭をねじ込んで家を飛び出そうとした。しかし、入り口のドア前でノックに妨げられる。どうせ宅配だろう。


「はい、どなた」


 勢いよくドアを開けるとそこにはゴリラの全頭マスクを被ったがたいのいい男。有無を言わさずに部屋の外に引きずり出されると、ゴジラやらフランケンシュタインやらに、よってたかって猿轡をかまされ黒いバンに押し込まれた。そして頭から麻袋を被せられ視界も奪われた。



 車が止まると、何本もの手に抱えあげられて運ばれた。その移動はじきに終わって何か硬いものの上に投げ出されると、今度はその場に縛り付けられた。そしてやっと麻袋から解放され、周りの様子が見えた。


 頭の上には無影灯、視界から高い位置に置かれた金属製のトレイ。青い手術着に青い帽子、青いマスクの男女数人が囲んでいる。何人かはこれ見よがしに両手の甲を向けていた。


 そして仰向けの頭の上から無影灯を遮るようにゴリラ頭が出てきた。


「借りた金は返す。返せないクズには全ての臓器を提供させることにした。世界の病気の人にその命を役に立ててやる。光栄に思え!」


 そして「最後にひとこと言わせてやろう」と猿轡を解かれた。


「ふざけんな。やりすぎだぞ。そんなに返して欲しけりゃ返してやる。俺のポケットを探ってみろ」


 そしてジャージのポケットをまさぐられ、まず出てきた一円玉を目の前にかざされた。


「もっとあるだろ!」


 そしてつぎに出てきたのが、


「百円!」

「「「おおおおおお!」」」


 百円! 百円! と見つけた百円玉を掲げ、俺の周りを踊り出した。五百円玉を発見した際には連中はさらに盛り上がった。


「締めて千と二十三円だな」


 ゴリラがぽつりともらした。


……


 俺たちの祖国、ファミ・ツー王国は南海の島国。そして通貨はガバスだ。


 三年前の冬、俺たちは国を出て留学した。その際、二年間の過程を終えたら必ず島に戻ってくるようにと、二、三人一組で司祭様にお金を借りる。一人が借主、あとは連帯保証人だ。一人一人が借りてもいいが仲間同士一緒に帰ってこいってことだそうだ。


 そんな古き良き慣習が俺の住んでいた島にはあった。現代風になり形式だけだが、思いのこもった餞別だったそうだ。


 俺はマイクと組んで、マイクが借主、俺が連帯保証人だった。司祭の娘のキャリーはマイクの親父である島長から借りていたはずだ。


 そして異国の地で学ぶその間に国では大変な事態が起こった。いわゆるハイパーインフレだ。二年間で物価が六万倍になった。それはいまだに収まってない。だから帰れなくなった。


 俺たちは留学先に留まる方法を模索した。一番ダメなやつはマイクだ。あいつは留年しやがった。俺みたいな普通の奴は猛勉強して進学を選んだ。だが一番の出世頭は司祭の娘キャリーだ。彼女は就職を勝ち取った。それが決まった日には学生寮の食堂で夜通し騒いだ。そしてその時点で学生寮を出て一人暮らしすることが決まっていた俺はさんざん揶揄われたが、悪い気はしなかった。


 ちなみに、留学の際借りたのは当時の10万ガバス。日本円なら千円ほどだ。そして六万倍のハイパーインフレ、本来なら10万ガバスのままなんだが日本に渡った俺たちが返すべきは元のままの千円に決まっている。つまり現時点では60億ガバスということだ。


……


「締めて千と二十三円! 完済!」


 ゴリラが高らかに宣言した。



「なわきゃねえだろ。俺たちが受け取れるわけがねえ」

「返せって言ったのはそっちだろう。だいたいお前らやりすぎ。そこの無影灯どうしたんだ」

「頼み込んで医学部から借りてきた。壊したら6000億ガバスな」


 視界が開けたらすぐに分かったがここは学生寮の食堂だ。俺が縛り付けられてるのは何の変哲もないテーブル。にしても無影灯なんてよく借りられたな。


「その手術着もか」

「もちろん借りた。ダメにしたら一人分で300憶ガバスくらい」


 こいつら金額仕込んでるな。


「バンはジョンのか」

「ああ、黒く塗った。今頃洗ってるはずだ」


 それはバンに押し込められたときにわかってた。窓には内側から色画用紙を張り付けたらしく、ウラは白かった。


「で、いったい誰なんだ。ここまでバカやったのは」


 するとそれまでざわついていた連中が一斉に静まった。そして答えがない。


「まさか!」

「そのまさかだよ。彼女怒り狂ってるぞ。ここにいる野郎どもは全員協力を強要された。マイクなんかちびったらしいぞ」


 そういえばさっきから女性陣が外してる。


「どうして!」

「自分の胸に聞いてみな。先日おまえのアパートに知らない女が上がりこんでいたらしいな」

「だれがそんな根も葉もない……」

「キャリー様その人だ」


 ちょっとまて、そんなことしたか。いや飲んだ帰りか。よく覚えてない一夜はあったが朝は俺一人だった。


 何より思い込んだら一途な彼女の性格、この状態はまずい。


「お前だって島の慣習は忘れていないだろう」


 わかっている。浮気=悪、即、斬だ。この国ではともいうらしい。そんな古い慣習は早めに改めるべきだとは思うが今はそれどころではない。


「と、とにかくほどいてくれないか。落ち着いて話がしたいんだ。わかるだろ」

「いやわからないでもないが……」

「わかった。一人60億ガバス出す。女性陣が彼女を迎えに行っている今しかないんだ」

「うーん、でもなぁ」

「なら200億ガバスだ。これ以上は出せねぇ」


 割り切れねえがここは勢いだ。


「そこまで言うなら……」


 その言葉を遮ってキャリーの高い声が響いた。


「ライズ! 300億ガバス!」


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社会人つえー

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