Motorcycle with Angel

木造二階建

荒野とバイクと天使と

 どこまでも続く荒野。この世の果ては果たしてあるのかを疑うほど長く続く道。かつての文明は緩やかに衰退しており、人々は質素な暮らしに戻ろうとしていた。そんな、かつて栄えた果てしない道。廃墟となったポストオフィスやモーテルの一角。

 一見救いのない文明の衰退に、抗おうとする人間は少なくなかった。モーターサイクルと呼ばれた、道を風のように疾走する乗り物は、強い意志と確かな技術を持った者たちの間で受け継がれ続けている。

 少年もその一人だった。スピードに魅せられ、憧れ、必ず自分のものにしてみせると誓った。誰に誓ったというわけではない。自分の心に誓ったのだ。

 少年はどこまでも続く荒野の道沿いにある、ポツンとしたガレージに住んでいる。ガレージという概念を知っている人間は少年たちのような男のみだ。生活はこの時代の人間にもれず質素で、簡素なものだった。しかし普通の人間とは違う要素が一つだけあった。それがモーターサイクルである。又の名をバイクとも呼ぶ。

 少年の住むガレージの中には埃をかぶったモーターサイクルが一台、静かにたたずんでいた。何かの時を待つように。それはかつての文明の遺産であり、少年のあこがれだった。

 そのバイクには天使が宿っていた。悪魔ではない。

 夏の荒野にポツンと立つガレージの中で、天使はバイクのタンデムシートに座っていた。しかしその顔は決して明るくなく、今にも泣きだしそうだった。 天使は少女の姿をしており、少し大きめのワンピースに、肩までさらりと伸びた髪、くりりとしたあどけない瞳を持っていた。肩甲骨のあたりから伸びる翼は真っ白で穢れを知らず、やさしさですべてを包み込むことができそうだった。

 少年は古びて動かなくなったバイクを一生懸命に修理した。数少ない自動車の修理工場で働いている彼にはさほど難しいものではなかったが、部品が無く、ほかの車やバイクの部品を流用した。ここでは新品という概念はない。修理工場といえども、すべて間に合わせで成り立っている。

 荒涼とした自然は車やバイクの風化を促進させる。塗装は剥げ、鉄は浸食される。このバイクは運よく廃墟の納屋から見つかったので、化石になることをまぬがれていた。

 バイクが少年の手で少しづつ修理されていくにつれ、天使の表情は次第に晴れていった。天使は少年が作業をしているのをあちこちから興味深げにのぞき込んでいた。

 少年は仕事が休みの日、いつものようにガレージのシャッターを開けた。

 少年はガレージからバイクを出し、天使はそれにちょこちょことついてきた。少年はバイクのイグニッションをオンにし、おもむろにバイクにまたがって、キックペダルを踏んだ。

 エンジンは少し息切れしながら目を覚ました。

 マフラーからは心地よい排気の鼓動が噴出し、エンジンの振動はハンドルを伝い青年の手をブルブルと震わせた。

 天使の顔は満面の笑みとなった。

 バイクは荒野の一本道をひた走る。かつて栄えた果てしない道。少年の顔には風除けのゴーグルがつけられ、天使はタンデムシートにちょこんと座り、その髪は微かに揺れている。遥か昔に使われていたモーテルやレストランを尻目にバイクは駆けて行く。

 天使は青年の後ろに腰掛けていたが、やがて羽根を広げ、タンデムバーを掴んでカイトのように浮き上がった。

 ご機嫌な鼓動と共に、少年の顔には笑みがこぼれた。

 そのバイクには、天使が宿っているのだ。

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