第2話 「うん」ちゃうやろが「イエス」やろが!②

 前回までのあらすじ。


 アホな中2の俺は厨二病過ぎるせいでヤンキーに囲まれました。


 🎓🎓


「なぁ? 雪田お前最近調子乗ってんちゃうん? シャツ入れろや、なぁ?」


 そう言って俺に凄むのは同じ学年の岡町。岡町は同い年のヤンチャ系グループのリーダー的存在だ。明るくてテンションの高い性格と派手な雰囲気でクラスの人気者系ヤンキーである。


「……別に調子乗ってへんけど、なんなん?」

  

 既に俺は、腰がひけていた。正直言ってガチにビビっている。岡町の周りには野球部の河原と他何人か。他何人かはいるだけで全然喋らなかったから誰がいたかあんまり覚えてない。


「いや、お前なんなんそれカッコいいと思ってるん? キモいで?」


 そしてこの時、俺は怯むと同時に悲しくなっていた。


 俺は、この先人切ってる岡町とは一年の頃、割と仲が良かったのだ。河原とはあまり交流はなかったけど、他の取り巻きの奴らも多分、昔遊んだことある奴ばかり。


 なのに、そんな奴らが俺を踏み躙りに来てるのか。なんて思うと胸の奥がチクチクと痛み始める。だけどそこは思春期、こんな寂しンぼな気持ちを胸に抱いていることそのものがなんだか恥ずかしい。だから俺は、努めて冷たく言い返す。


「いやそんなんちゃうけど、別にええやろ」


 セリフとしてはかなり腰がひけているが、ヘタレな俺の頑張りなんてこんなもの。これでも精一杯なのだ。


「はぁ? ええから入れろよ、シバくで?」


 言い返した俺に対して、更に凄んでくる岡町に内心より強く怯んでしまうけど、やっぱりそれ以上に悲しかった。


 一年生の頃、岡町とはよく連んでいた。一緒に学校から帰ったりしながら、色んな話をしていた。その中では、変形学生服とかに憧れる話だって含まれる。先輩の服装を見て、『あれかっこいいよなー』なんて盛り上がったりもしたのだ。だから、俺がこういう風にイキったカッコしたいって知ってるはずなのだ。


 そして知った上で岡町はこうしている。その事実は、心の中にとても複雑な気持ちを生んだ。


 情けなくて、ムカついて、悲しい。だけど、そのことが恥ずかしい。だから、


「いや、でも“お前ら”も出してるやん」


 俺は無理やり自分を踏ん張らせて、そういい放った。『ビビってないよ』ってことを相手と自分に言い聞かせるために、内心ちょっとドキドキしながら代名詞を“お前”にロックオンした。『お前ってなんやねん偉そうやな』とか言われたら『お前もお前言うてるやんけ同い年のくせに威張んなや』とでも言おうそうしよう。 

 

 そして、こんなにもチビで、こんなにも弱い俺が、こんな屈強そうな男たちに囲まれてこの態度。……かーーっこ良過ぎる! なんてかっこいいんだ俺! という感情も突発的に生まれていた。


 だけど、岡町から返ってきたのは意外にも、少し困惑したような、呆れたような、そんな態度。



「……お前なぁ、いや別にお前にだけ言うてるちゃうねんで? 別に俺は江原がシャツ出してても言うねんで? だからお前も入れとけ、な?」


 もしかしたら、岡町は本当は俺をこの件で詰めるのが嫌で。だけど仲間内の雑談で『なぁ、最近雪田調子乗ってへん? シメよや?』みたいな話題になって、そこで『いや、別にほっといたらええやんやめとこや』なんて真面目ぶったセリフを吐くのがかっこ悪いと思って仕方なく、『ええやんおもろそやん、やろや』なんて言った結果こうなってるのかもしれない。みんながショボいと見下してる奴を、昔ちょっと遊んでたなんて理由で庇うのが恥ずかしかったのかもしれない。


 今なら、そんな可能性だって想像できるけど、当時の俺にそんな洞察力はあるはずもない。だから、あの頃の俺の頭に浮かんだのは、1番短絡的で残酷な発想だ。


『俺、江原と一緒なんかよ?』


 江原は同じ学年の男子で、おとなしい系、というよりは変な奴(俺が言うのもなんだが)だった。江原とちょっと仲良くする時期もあるのだが、それはもう少し未来の話。この頃俺は、よく知らない江原を単純に見下していた。なんともひどく自分勝手な話だが、『こいつらにとって、俺は江原と同じに見えてるのかもしれない』という発想は、俺の心をカーッと熱くさせて、思春期で芽生えてる途中の自意識を急速に萎ませていく。だけど、喧嘩なんかまともにしたことのない俺には、


「いや俺は江原ちゃうねん関係ないやろ」


 なんて言うことが精一杯だった。


 そんな精一杯のセリフで岡町達をイラつかせ、掴み掛かられてもみくちゃになった。渡り廊下を引き摺られながら、何を恐れて何にムカついてるのかもわからなくなった。


 その状態がどうやって終わったのか、俺は覚えていない。とにかく情けなかった。悔しかった。納得がいかなかった。だから、


『喧嘩が強い方が偉くて、弱い奴はショボいなんて、クソだ。だから俺は、弱いままで凄くなってやる。どんな奴がイケてるのかなんて自分で決めてやる』


 そんな価値観を胸の中で一層膨らませていく。そんなことしか出来なかった。


 思春期の葛藤と物理的なパワーに蹂躙されながら、この話は次回へと続く。

 

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