第3話 アンロックと情報共有

 夜、アプリを立ち上げ、広場にいくと、猫耳をつけたメイド少女がいた。


『せんぱい、遅いです。夜九時に噴水前って言ったじゃないですか』

『悪いな。寝坊した』

『……このぐーたらめ』


『小声でぼそっと言ったように見えるが、テキストチャットだからな? おまえは読ませることを自覚した上で打ち込んでいるんだから――悪意ばりばりあるじゃねえか』


『せんぱい、情報収集は……寝ていたんですからしていないですよね? ……仕方ない、あたしが発表するので聞いていてくださいね』


『俺の文句は聞かないくせに、自分の話は聞けという……分かったよ、やろうぜ』


 ちなみに俺が操作しているキャラは大男である……、この世界には似合わない、大剣でも背負っていそうな……——いやでも、見た目が人間じゃないキャラもいるのだから、似合う、似合わないもないのかもしれないな。


 視線を回せばロボットもいるし……足が車輪だったり、上半身は人間でも下半身は馬だったりと、こうして見れば俺のキャラなどまだまだ普通の方だ。

 足立羽のキャラも猫耳メイドという、比べれば当たりと言えるキャラだし……。


 こればかりは運だな。駅前のティッシュ配りみたいに、校門前でカードを渡されたのだ、渡す相手を選んで渡しているようには見えなかった……完全にランダムだろう。


 それともカードではなく、端末側で判断されているとか……? 誰がどのキャラになるのか、操作するのは難しい気がする……やっぱりランダムか。


 持っている情報に意図はないはず。


 足立羽が拾ってきた情報は、【全体ログ】を見れば分かることだった……、このゲームは協力プレイである。

 それぞれが持つ情報を、プレイヤー全員が閲覧できる【ログ】に載せることで共有ができる……、これにより、ゲームシナリオの全体図が見えてくるようになるのだ。


 判明した情報はそこに載せていき、都度、キャラ同士の人間関係や過去の出来事などを合わせていって、隠されたシナリオを解き明かしていく――これが主な行動である。


 もちろん、情報を載せる、載せないは個人の自由だ。

 明記はされていないが、シナリオを一番最初に解き明かすことで得られるボーナスが、もしかしたらあるかもしれない、と攻略に励んでいる生徒も中にはいる……。

 全体ログに載せていない情報はゲーム内のやり取りで取引でき、さらに現実世界で本当の金銭で売買することも可能なのだが……まあ問題になりそうではある。


 それを防ぐ手段でもあるのかもな、生徒会は……。


『そう言えばせんぱい、虫食いになっていたせんぱいのキャラの情報って解禁されました? ほら、あたしのQRコードを読み取った後に――鍵、はずれましたよね?』


『ん、言ってなかったか? ……あ、そうか、まだ全体ログには公開してないのか』


『まだしない方がいいと思います。情報、というのは武器になりますからね。安く全体に明かすよりも、高い値で出した方がいいです……タイミングを見ましょう?』


『こんなゲームで駆け引きとか……、あー、分かったよ、公開はまだしない……、足立羽には教えるが……』


『はいっ!』


『じゃあ教えるが、いくらくれる?』


『……、せーんーぱーいー?』


『冗談だって。無料で教えるからさ……そんな低い声で威嚇してくんな』


『テキストチャットなのになんで分かったんですか!?』


 当たってたのかよ。……文字だけでそこまで伝えられるほど、足立羽の演技力が光ってきたってことかもな……、いや、テキストチャットに演技もなにもねえか。


 これは俺の想像力である。

 足立羽ならそういう反応をする、と決めつけているだけか。


『…………』


『新しい情報があるんですよね!? 教えてくださいよ!』


『分かったから焦るなよ。……ただ、どう説明したもんかな……まあキャラの情報なんだが、やけにリアルというか、なんというか……。

 一応、ゲームの舞台はファンタジー世界なんだよな? 森と海があって、町も科学技術の結晶ってわけでもないし……、なのにこの内容はなんだか、合っていない気もするけどなあ……』


 スパイスとして差し込んだ内容かもしれない。


 生徒数分のキャラと情報を決めていけば、ネタ切れを起こすのは当然だ。ほんのちょこっとスパイスとして取り入れた部分を、俺がピックアップして見てしまったからこそ、特にここだけ浮いている、と感じたのかもな……。

 事実、全体ログや足立羽のキャラは違和感ないし。


 ともかく、協力してくれている足立羽には明かしておくべきだな。


 〇


 操作キャラの名前はどうでもいいか。

 ひとまず、アンロックされた情報を話そう。


 ——俺の操作キャラなので、便宜上『俺』としておくが……——俺は父親から暴力を受けていたらしい。母親には見えないところで……、母親に向ける顔とは違う顔で、父親は息子である俺を痛めつけていた。


 理由は分からない。


 それは父親側の情報を見ないことにはなんとも言えなかった――。


 母親に助けを求めても、父親に心酔する母親は俺の言い分を聞いてくれなかった。母親に密告したことがばれ、父親の暴力はさらに過激になっていった……、だから俺は母親を説得することを諦めた。水面下でおこなわれている悪行を密告したところで、母親は信じない……だったら、表立った悪行を捏造してしまえばいい。


 父親がしていないことを、しているように見せかけた……。元より、探っていくと父親は犯罪ギリギリの行動をしていたのだ……、それをちょこっと日陰からずらしただけで、悪行は露見する……だからあながち捏造でもない。


 一つ、二つ、三つと重なっていくことで、母親は父親との離婚を考えるようになる。最初は父親を支えるために寄り添っていたのだが、出てくる悪行が積み重なっていくと、さすがの母親も庇い切れなくなってきたのだ……。

 それに、許せなくもなっていった。


 とどめだったのは、父親の浮気である。窃盗や女性の斡旋あっせんなどをしていたが、浮気だけはしていなかった父親だ……。しかし俺が捏造したことでとどめになった――。積み重なった末にやっと効いた一撃だったのかもしれないが、ともあれ、母親は離婚を決めたのだ。


 離婚してから、母親は多忙になった。


 父親はクズだが、あれでも高所得者だったらしい……。裕福だった暮らしは一転して苦しくなる……。高い生活水準をなかなか落とせなかった母親は、一日中働くことで以前までの水準を維持していた――倒れるほどの疲労を抱えながら。


 ストレスを抱え、俺とも顔を合わせなくなり……、久しぶりに顔を合わせたと思えば、愚痴や俺の人間性の否定ばかり……、母親との暮らしは次第に上手くいかなくなっていく。


 そして俺もまた、ストレスの行き場を探し求めるようになる――その先が、友人と作った盗賊団である。多くの金品、財宝を盗んだ――その日々が楽しかったのだ。


 だがある日、友人と一緒に俺はピンチに陥ることになった……、盗みをしようとした現場で悪事がばれてしまい、追い詰められてしまう……。このままでは二人とも牢獄に入れられてしまう――そう思った俺は、友人を盾にし、その場を逃げた。


 裏切り、


 友人を犠牲にして、自分だけ助かろうとして――実際、助かったのだ。


 それ以来、俺はその友人とは、再会をしていない――。

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