ラッコちゃん劇場!

渡貫とゐち

第1話 赤いリボンは開演の合図

 赤いリボンをアンテナのように直立させた後輩が俺の隣に腰を下ろした。

 食堂、である。


 隣の席が空いた途端に狙ったように刺してきた……、こいつ、空くのを待っていたのか?

 そのせいでお前が持ってるうどん、ちょっと伸びてるじゃねえか。


 空くまで別の場所で食べてりゃいいのに――。


 ……最近、やけに懐いてくる彼女の名前は、足立羽あだちばラッコ――。

 演劇部所属の、脇役をやらせたら名演技の新人である。



「はいはい、どーせあたしは主演はむりですよーだ」


「その大きなリボンは主演として分かりやすい記号をつけるためか? でも、それで定着しちゃうと、なにをやっても『足立羽ラッコ』になる気もするけど……あ、それを狙ってる?」


「任された役を全てあたし色に染めてやります! ……って、思ってるわけではないですよ。役によってあたしを変える……それが役者ってものでしょ。

 ……これはあれですよ、分かりやすく『主要キャラ』ですと主張することで脇役からの脱却を試みています!」


「脇役、嫌なの? そりゃ役者なら主演を務めたいって思うのは分かるけどさ、脇役だって重要な役じゃん。脇がいなくちゃ主要は輝かない……光と影であるようにさ。

 リボンを取った時の、主張をまったくしない素のおまえが一番、脇役として輝くと思うけど……。だってすごいじゃんか、三年生主導の舞台で、一年生のおまえが早速、脇役として抜擢されるなんてさ。脇役だから簡単だってわけでもないんだろ?」


「それはそーですけど……、脇役だってそれなりに覚えることは多いですし、舞台上を端から端まで横切るだけでも繊細な技術が必要ですからね……、主演を引き立てるための演技ですし」


「ほらな。主演にこだわらず、今できることをがんばればいいんじゃねえの? そんなリボンなんかやめて、素のおまえの方がいいんじゃないか? そもそも、その大きさのリボンは校則違反な気もするけど……厳しい生徒会になにも言われなかったのか?」


「監視の目がある時は外していますよ、授業中ももちろんのことです。このリボンはせんぱいの前でしかつけません……可愛いですよね、これ」


「うん、可愛いな……で、次はどんな役なんだ?」


「かわっ、あわ――って、役作りでやっているわけじゃないんですけど!? 素直に可愛いと言ってくれたと思ったら……あたしよりも架空の役にゾッコンってことですか!」


「立つな声を荒げるなテーブルを叩くな! 特に今のおまえはリボンで目立つんだからさ……ほらもー、うどんの汁がこぼれてるじゃねえか……拭くものを……」


 すると、対面に座っていた友人が布巾を差し出してくれた。この後輩がやってくる前は彼と昼食を取っていたのだが……、気づけば存在感を消して俺と足立羽が話しやすいように場を整えてくれていた……。こいつの方がよほど脇役向きなのではないか?


 足立羽の方は溶け込む、のであって、彼のような前のめりのアシストの才能はないか……。


 布巾でこぼれた汁を拭い取る。「あたしがやりますよ!」と布巾に手を伸ばした結果、俺の手の上に足立羽の手が触れ、「あっ……」と彼女が声を漏らす。


「……おい、顔を赤くしながら手を引っ込めんな。何十回、このやり取りをやってると思ってんだ……、図書室で本棚から本を取り出す時、登下校の改札口で切符を入れる時、自動販売機で同じ飲み物を買おうとした時……、全部のリアクションがそれじゃねえか。

 レパートリーの少なさは、脇役に向いていても主要メンバーには向いてないって、演劇部に見抜かれてるんじゃないか?」


「演技じゃないんですけど素で重なっちゃった時もありますからっっ!!」


「演技の時もあるってことだろ? 演技も素も同じって……まあ、素と同じ演技ができるってところは強みになるのか?」


 そもそも、演技だとして、それを俺に仕掛けるメリットってなんだ……?

 俺を相手に演技練習をしたいなら、最初からそうと言ってくれれば……。


 あ、肩の力が入ることを気にしてるとか?

 演技素人の俺は、詳細を知らない方がいいのかもしれない……。


 しかし一、二回ならいいけど、何十回も仕掛けられていれば俺も分かるけど……、足立羽ラッコの登場によって何かが始まる、と認識している以上、肩に力が入る……。

 これ、不測の事態の対応力を見られていたりしてな――。


 仮に演劇部への勧誘だとしたら、断固拒否だ。


「どうしてそうやってなんでもかんでも演技に結び付けるんですか! もしかしたらあたしがせんぱいに好意を向けている、……かもしれないじゃないですかぁ!!」


「言い淀んだ。でも……あ、そうなの?」


「ちょっ、近い顔が近いです! ぐっと寄ってこないで――うわっ!?」


 ガタガタっ!? と椅子が後ろに倒れそうになり、ばたばたさせた手を掴んで彼女を引き寄せる。転倒を免れた足立羽は、息遣いを荒くして目がぐるぐると回っていた。


「……好意を寄せている男子から近づかれた時の演技としては……ありか。なんだよ足立羽、演技、できるようになってんじゃん。

 スポットライトが当たるとオーバーリアクションになる欠点は、意外と使いようによっては加点になるんだなあ……」


「演技じゃないです……」

「うん?」


「演技じゃないですっ、今のは本気で――」

「ま、頭突きする勢いで近づいたからな……悪かったよ、びっくりさせてさ」

「あの、そっちじゃなく――」


 足立羽の声を遮るように、昼休み終了のチャイムが鳴った……まだ予鈴とは言え、次の授業の準備やトイレを済ませるなどをしていると、あっという間に授業が始まってしまう。

 ……ここで雑談をしている時間はもうないな。


「じゃあな、足立羽。懐いてくれるのは嬉しいが、俺に構っている時間を部員とのコミュニケーションに使った方が有意義だと思うぞ」


 食器を返し、食堂を出ようとしたところで、足立羽が後を追いかけてくる。


「せんぱいっ、アプリっ、一緒にやりましょうよ!」


「いいけど……あれ、そんなにはまるか? ゲーム性が少ない生徒間のコミュニケーションツールだろ? こうして食事をしながら一緒にお喋りできる基盤があるなら、あれに頼る必要なんかねえ気もするけど……」


「一つの目標に向かってあーだこーだとディスカッションするのがいいんじゃないですか! コミュニケーションツールが前提ですけど、ちゃんとゲームとして成り立っていますよ!」


 まあ、アクションやシューティングだけがゲームってわけでもないけどさ……。

 大多数のプレイヤーが持つ情報を頼りに、全貌を解き明かしていく……、ゲームか。

 ま、帰宅部の俺にはいい暇潰しにはなるか。


「分かったよ……じゃあアプリ内で連絡くれ」

「はいっ! では、またっ、ですっ、せんぱい!」

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