魔法少女になりたくて

ひま☆やん

第1話『42才バツ1子供アリ』

 仕事をクビになった。別に私が何かやらかした訳じゃない。新入社員が入るシワ寄せで弾き出された。ただそれだけだ。

 パン工場で派遣のバイトとして1年半、来る日も来る日も単純作業の繰り返し。時給は1円たりとも上がっていないが、文句も言わず働き続けた。仕事にも十分過ぎるほど慣れていて、職場では必要とされている、仕事を任せられる人材だという自負もあった。

 でも、会社は評価してはくれなかった。アッサリ首切りやがって、バカヤローが。所詮、派遣のバイトなんてそんなもんか。使い捨ての駒扱い。用が済んだらサヨウナラ~ってか。

 まぁ、愚痴ったところでクビが取り消される訳じゃない。いつ迄も無職ではいられないし、早く次の仕事を探さなきゃな。こっちは養う家族がいるんだもん。

 娘の風香はピッカピカの小学1年生。育ち盛りの食べ盛り。私に似たのか食欲旺盛で、ややぽっちゃり体型だ。風香の為にも、私がしっかり働いて生活費を稼がなくちゃならん。

 旦那とは2年前に別れた。原因は旦那の浮気。私より20才も若い女に入れ込みやがって、ムカつく。しかも、相手はキャバ嬢とか。生活費をケチり始めたのを皮切りに、連日深夜帰り、休みの日には適当な言い訳吐いて、いそいそと出かけて行ってた。私が風香の面倒見ている間に、若い姉ちゃんとヨロシクやっていた訳だ。馬鹿にしてんのか。

 とにかく、そんな馬鹿旦那とは別れてスッキリした。慰謝料もそこそこぶん取ってやったけど、風香と二人で新しい生活を始めたら、あれやこれやですぐ無くなった。一応、養育費も貰っているけど、大した助けにはならん。それ以外の収入としては失業手当とパチンコ。失業手当はもらえるだけでも有難いって感じだが、金額的には大したことない。パチンコについては、勝てる日もあれば負ける日もある。どちらかと言うと負ける日の方が多いのが悩ましい。パチプロとしてやっていければ、どれだけ楽なことか…。

 別れた旦那はそれなりに稼いでいたから、私も専業主婦をやっていられた。結婚した当初は「ずっと愛し続けるよ」とか甘いセリフを言われたけど、今となっては笑い話にもならん。まさか自分がシングルマザーになるなんて、夢にも思わんかったわ。夢と現実のギャップ。イヤという程に思い知らされた。

 玖珂沼幸子42才、バツ1、子供アリ。高校中退、資格も免許も無し、フリーターから奇跡の寿退職で専業主婦になるが、離婚を機に職探し。これが私のスペックだ。名前に『幸』という字が入っていると幸福になれないなんて話を聞いたような覚えがある。完全に私、名前負けしてるよな…。

 風香を連れて福岡の実家に帰ることも考えたけど、親の都合で子供に転校させるのは忍びない。私が何とか踏ん張って、同じ生活環境を維持させよう、そう決心し、今に至る。

 そもそも、私は福岡にロクな思い出が無い。別に不良少女をやっていた訳じゃないけど、先生とのソリも合わず、特別仲良くしていた友達もいない。面白いことは何一つ無く、惰性で通っていただけの高校を中退した。その後は勢いに任せて東京進出。目的も何も無い。ツマラナイ田舎での生活がイヤになっただけの逃避行だ。そんな私が今更実家に帰ったところで、居場所なんかどこにも無いだろう。

 ともかく、学歴は無くともやる気はあります!なんて言っても、そう簡単に採用してくれる会社は無い。まず学歴が無いから応募条件で門前払いになるし、面接に行く迄のハードルが高いわ。ハロワやネットの求人情報を見て色々応募しているけど、ほとんどはノーリアクションか、『今後のご活躍をお祈りします』なんてお茶を濁す返事しかくれない。祈らなくていいから仕事をくれ。

 いっそのこと風俗や水商売にでも行こうかなんて考えたこともあるけど、世間体や風香への影響を考えると二の足を踏んでしまう。そもそも四十路の私なんかじゃ、女としての価値も無いだろうし。商品価値の無い女。いつの間にか、自分がそうなっていることに気が付いた。

 別れた旦那が若い姉ちゃんとヨロシクやっていたのも、私に女としての魅力が無くなったからだろう。一体私にどうしろってんだ?誰だって年は取る。老化を止められる薬があったら、借金してでも買うわ。肌のハリは無くなり白髪は増え、オマケに太ってきた。生活に疲れ子育てに疲れ、人生に疲れている。私の存在って何なん?こんな私が生きててどうすんのよ?

 あ~~、ダメだダメだ。鬱モードに入ってしまう。こういう時は打つモードにチェンジだ。風香はまだ学校に行っているし、軽くパチンコでも打ちに行くか。


 店に入ると昼も夜も変わらず、煌びやかな電飾が光輝いている。けたたましく鳴り響く効果音と充満するタバコの臭い。お世辞にも良い環境とは言えないけど、ここにいる間だけは現実を忘れられる、私のオアシス。

 私はパチンコ以外は特に趣味も無く、一緒に過ごす友人もいない。そもそも、人間関係なんて面倒臭いだけだし。パチンコなら何も考えずにハンドル握っているだけで良いんだから気楽なもんだ。何より、勝てば金になる。

 周りを見渡すと、よく見る顔触れが並んでいる。いつもこの店に通っているであろう常連さんばかりだ。まぁ、私もその一人ってことなんだけど。中にはスーツ姿のサラリーマン風な人もいる。この人は仕事をサボって打っているのか?そんなんで、よく会社員が務まるなぁ~。片や働きたくても仕事が見つからず、パチンコで現実逃避する私。片や仕事をサボってパチンコを打つ人。何だ?この差は。この人は仕事をサボってもクビにならず、毎月ちゃんと給料をもらっているのだろうか?羨ましいこってすなぁ~。

 私が勝負に選ぶ台だけど、甘デジは当たりが軽いのは良いが、出玉がショボいから短時間勝負には向いていない。終日粘るのならアリだろうけど、私は一発ドカンと当てたい性分だ。以前はMAXと呼ばれるタイプがあったけど、射幸性を煽るなとかで行政から指導があったらしく、店から撤去されてしまった。仕方がないのでミドルタイプを打つ。MAXには劣るけど、出玉にそこそこ期待出来るのはこれしかない。後は運を天に任せるだけだ。

 しかし、射幸性を煽るなってパチンコやパチスロには言うけど、テレビでバンバンCM流している宝くじやら競馬やらは何なんだ?あれは射幸性を煽ってないとでも言うのんか?宝くじなんか、「1等何億円!」なんて言ってるじゃんか。それに比べればパチンコなんて可愛いもんだろうに。お上のやることは理解に苦しむ。

 まぁそんな愚痴はさておき、パチンコって、本当に不公平というか、不平等な遊びだよな~。何万円突っ込んでも当たらない時もあるし、そうかと思えば低投資で当たって景気良く連チャンすることもある。こっちが現金投資で糞ハマっている時に、ヒョイっと隣に座ったジジババが、オスイチ決めて連チャンしだすと殺意すら抱くわ。

 はたして、今日は勝てるのだろうか?玉貸しボタンを押す度に、もうそろそろ、ここらで来てくれよ~と祈りを込める…。


 夕方、帰宅したら急いで晩御飯の支度をする。風香は既に学校から帰っていて、テレビを視ながら宿題をやっていた。風香の大好きな魔法少女モノのアニメ。いつの時代も、女の子が好きなのは変わらんね。私が言わんでも風香はちゃんと宿題やってるし、良い子でいてくれて本当に助かる。

 それにひきかえ私のパチンコの戦果はというと、マイナス2万円。あの時出た赤保留は何だったんだよ…。滅多に出ないんだから期待するじゃねーか。やたら派手な演出で煽っておきながら、結局はハズレとか…。よくあることだけど、不完全燃焼のまま終わってしまった。

 勝負には負けたけど、パチ屋の帰りにスーパーで買い物してきた。手持ちが少なくなったから、あまり買えなかったけどさ。あの2万円があれば…、買いたいもの、食べたいものをあれこれ買えたのに…。風香のおやつだって、私の酒とタバコだって買えたのに…、毎度のことながら情けない。

 スーパーの惣菜も、ちょっと一品程度なら良いけど、出来合いのものばかりじゃ食卓に愛が足りない。手間は掛かるけど、私は自分で料理する派だ。自炊した方が安く上がるしね。

 今日の献立は、野菜たっぷりスープに金平ごぼう、玉子焼きとスーパーで買って来た値引品のコロッケにした。

「風香~、そろそろご飯にするから、早くテーブルの上片付けてね~」

「は~い、ママ」

 私が声をかけると、風香はノートやら筆箱やらをパタパタと片付け始める。2Kの我が家は片付けが大変。何かする度に荷物をあっちにこっちに、要領良く移動させないと生活出来ない。まぁ、風香と二人暮らしなら、多少手狭なぐらいが丁度いいと言えるかもしらんけど。

 とりあえず、今日も無事に夕飯の時を迎えることが出来たか。パチンコに負けた上、新しい仕事もまだ見つからんけど、風香と二人健やかに過ごせたのは良いことだ。


 ごちそうさまを言う頃に、風香が

「あのね、ママ、今日学校で先生にお絵描き褒められたんだよ」

 と言った。

「そうなんだ~。良かったね風香、先生に褒められて」

 すると風香はニコニコしながら、図工の時間に描いたであろう絵を見せてきた。クレヨンで描かれた可愛い猫の絵。私も風香も、揃って猫が好きなんだけど、今住んでいるアパートはペット禁止なんだよなぁ~。家の近所で野良猫を見かけると、「あ~、ネコさんだ~」なんて言って風香は走り寄るけど、野良猫の警戒心はハンパない。こっちは撫でてあげたいだけなのに、脱兎の如く逃げ去るだけだ。ペットOKな所に引っ越したいんだけど、先立つものがない。こんなことなら最初からペットOKな物件を探せば良かったと後悔している。まぁ、風香だけじゃなく、猫チャンまで私に養うことが出来るのかは不安があるけど。

「裕子ちゃん猫飼ってるから、今日撫でさせてもらったの。フワフワでふにふにしてて、すっごく可愛かったよ~。猫じゃらし見せるとピョンピョン飛びつくの」

 裕子ちゃんというのは風香の同級生だ。何度かウチに遊びに来たことがあるから、私も顔と名前は知っている。風香と仲良くしてくれているみたいで有難いんだけど、裕子ちゃんのママはちょっと苦手なタイプだ。私とは正反対で、社交的だしお上品な感じが鼻につく。パパさんもエリートサラリーマンって感じだし年収高いんだろう。何しろ、あっちは庭付き一戸建てに住んでいるし。

 隣の芝生は青いなんて言うけど、我が家には比較するべき芝生すら無い。賃貸の安アパートに住んでいるのが現実だ。離婚する前はそこそこ良いマンションに住んでいたけど、名義は別れた旦那のものだし。私がバリバリ働いて、もっと良い所に引っ越しする?頭金だけでもいくらすることやら。とてもじゃないけど現実的じゃないな。

 でも…、せめて、風香に自分の部屋ぐらいは作ってあげたいかな。今はまだ子供だからいいけど、これから先成長して、中学、高校と進学するなら、勉強に集中するスペースぐらいはあった方が良いだろう。学歴が無いと苦労するのは、私が身に染みて分かっている。風香には同じ苦労をさせたくないし、出来ることなら大学まで真っ当に進んで欲しいと思う。

 でもなぁ~…。風香を進学させるだけの資金を、私一人で稼げるだろうか?今現実的に、失業状態の私に…。

「どうしたの?ママ」

 考え込んでいたら、風香が不思議そうな顔をして私を見ていた。あぁ、いかんな。将来の不安を風香に気取られてはマズい。

「ううん、何でもないの。風香、ご飯食べた後は歯を磨いてね。先にお風呂も入っちゃって」

「は~い、ママ」

 風香の前では出来るだけ笑顔でいたい。良い母親でいたい。そう思っているんだけど、どうしても現実は重くのしかかってくる。金か?結局世の中金なんか?金が無いヤツは人並みの幸せすら手に入らないんか?これから先のことを考える度に憂鬱になる…。

 イヤ…、こんなんじゃ駄目だ。まだまだ私は頑張れるはずだ。旦那と離婚して、風香は私が育てていくって決心したんだから。今更泣き言なんか言ってられない。とにかく早く、次の仕事を見つけよう。どんな仕事だって良い。風香に胸を張って言える仕事はいくらでもあるはずだ。

 離婚を決めた時、旦那は拍子抜けするぐらいアッサリと風香の親権を放棄した。風香は実の父親に見捨てられたんだ。母親である私が風香を守らなきゃ。世間の荒波がなんだってんだ。私は風香と一緒に、強く、図太く生きてやる。いざという時は女の方が強いんだから。私一人でも必ず風香を真っ当な社会人に迄育てるんだ。その為にも、早く新しい仕事を見つけよう。金は限られているんだから、このままじゃジリ貧だし、何としてでも仕事に就かなきゃならん。最低限、私と風香が暮らしていけるだけ、風香の学費と給食費を払えるような収入があれば良いんだから。贅沢しなければ十分実現可能だと思う。

 まぁ、とは言っても、良い相手がいれば再婚も…、と考えたこともある。でもなぁ…。こんなオバサンになった私と結婚してくれるような物好きがいるとは思えないしなぁ…。前の旦那と離婚したのも、私に女としての魅力が無くなったからだろうし、努力で改善出来るとも思えない。どう足掻いたって、老いには抗えないもんなんよ。美魔女なんて私には程遠いし、エステに通うような金も無い。

 ふと、風香がよく見ている魔法少女アニメのDVDが目に入った。魔法のステッキを振ってシャラランラン、光に包まれなりたい姿に変身する。ポップでキュートな魔法少女。私も子供の頃に憧れたっけ。はぁ~~…。溜め息しか出んわ。何か頭が痛くなってきた…。

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