おじいちゃんっ子の少年に舎弟が出来たなら

ヘイ

第1話 舎弟

「俺は兄貴が嫌いだ」

 

 眼鏡を掛けた黒髪の少年が、背の高い派手な髪色の男子数人に囲まれた状況で臆せずに言って見せる。

 かっちりと着込んだ学ランの少年に対し、囲む男子は着崩した格好。

 

「それと同レベルにお前らも」

 

 奔放、我儘、理解不能。

 獣の様な欲望に満ち溢れている。他人のことなど考慮しない。

 

「俺は確かに井島いじまらいの弟だし、アイツはクソみたいな不良だ。だから弟の俺にとか、そんなの考えるのも正直、アリだと思う」

 

 ブツブツと語り始めた彼の肩を集団の内の一人が小突く。

 

「ブツブツうっせーんだよ。頼の野郎も家族に手ェ出されちゃ流石に来るだろ」

 

 不良漫画に良くいる悪役の様なことを。

 

「辞めとけよ。アイツは来ないし、今なんて彼女とデート中。爺ちゃんの葬式よりもデートの方が大事だとか抜かした大馬鹿だ」

 

 呆れた様に語る。

 

「ああ? 物は試しだろ。所詮はお前が痛い目見たくない童貞野郎って事が判明すんのも時間の問題だけどな」

 

 何と言われようと全く持って彼にはどうでも良いが大嫌いな兄のダシに使われたくなどない。

 

「『他人様に迷惑掛けんな』……爺ちゃんが良く言ってたなぁ。『家族にも礼儀を払え』ってもなぁ」

 

 肩にかけている鞄の持ち手を握る手に怒りから力がギチギチと篭められていく。

 

「今回の場合、他人様に迷惑掛けてるアンタらと家族への礼儀なんて物がカケラも見えない兄貴に問題があるよな」

 

 井島かい

 彼は市内の高校に通う一年生で、平凡な男子高校生を自称している。

 彼の本質はおじいちゃん子であるとも。

 

「俺の爺ちゃんは礼儀を大事にする人だった。俺も箸の持ち方だとか、いただきます、ご馳走様の挨拶だとかそう言うのが大切だと思う。別に宗教の話じゃないけどよ」

 

 唐突に話し始めた櫂に苛立ちを覚え始めたのか「……ウゼェわ」と言いながら茶髪のロングヘアーの男が面倒臭そうに掴みかかる。

 

「お前さぁ……爺ちゃん爺ちゃんってダッセェからな? ジジイコンプレックスかよ。チ◯チンしゃぶってりゃ良いだろ?」

「……オイ、人が話してんだろ。何、肩掴んでんだ」

 

 目にも止まらぬ速度で繰り出された蹴りによって男が数メートル吹き飛ぶ。

 

「殺すぞ」

 

 倒れた男の腹には靴底の跡が見える。

 

「て、テメェ!!」

 

 仲間が蹴り飛ばされた事で響めく。

 ここで櫂も漸く気がついた様に、ハッとした表情を見せる。

 

「あ、やっちまった。爺ちゃんにも『カッとなってやるのは櫂の悪りィ癖だ』って言われてたのに」

 

 男たちは先ほどよりも腰を低くし構える。彼らなりの戦闘態勢という物だ。

 

「漢なら……勢いでも最後まで突っ切る、だろ?」

 

 眼鏡の奥に獰猛な獅子が垣間見える。

 

「二言はないんだからな」

 

 櫂の言葉は恐ろしさを感じさせる。

 瞬間にはじまったのは一方的な蹂躙。不良達は拳の一つも、蹴りの一つも、それどころか指の一つすら触れられずに伸されてしまった。

 顔からは想像もできないほどに圧倒的な暴力。血で染まった手で彼は髪を掻き上げる。

 

「んだよ……これっぽっちか」

 

 呻き声を上げる男たちに失望したのか、溜息を吐いて、髪を掻き上げる為に上げていた右腕を下ろす。

 

 パシャリ。

 

 シャッター音が響いた。

 音のした方に顔を向けると薄茶色のボブカットの少女がスマートフォンの背面を向けながら立っていた。

 

「……撮った?」

 

 櫂がツカツカと少女に歩み寄る。

 

「何で撮ったんですか? それどうするつもりですか。まさかネットにあげたりしないよな?」

 

 次に口をついて出たのは「爺ちゃんが」と言う言葉。

 

「爺ちゃんが言ってた。インターネットは一瞬で情報が広がるし、礼儀も作法もあってない様なモンだから気をつけろって」

 

 眼鏡のフレームを抑えながら先ほどよりも深刻な顔で言い始める。

 

「あ、上げません!」

「……本当に?」

「はい! なので!」

 

 おかしい。

 櫂がそう思って鸚鵡返しする。

 

「なので?」

 

 だが、彼女は気にしない。

 

「舎弟にして下さいっス!」

 

 少女がガバッと頭を下げるとパーカーのフードがフカリと落ちた。

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