第10話 深まる想い

塩谷は、更新されたHPの出勤表に、安堵とワクワク感を感じていた。とてつもないV字回復であった。早速予約の電話を入れ、初日初回のお客が塩谷となった。


「ゆうかちゃん、久しぶり。って言っても、一週間ちょっとか?」

「田中さん、久しぶりの出勤だったのに、一番目のお客さんだなんて。今日は、お休みだったの?」

「今日は有給休暇とっちゃった。実はさぁ、出勤表なかなか更新されなかったから、ちょっぴり心配になっちゃって。」


嘘つきである。ちょっぴりだなんて、人生で一番の心配事だったくせに。


「今日はプレゼントしたいものが有るんだ。喜んで貰えるか、自信無いけど」

「それは何?開けても良いの?」

「もちろん。」

「わあ、可愛い。入浴剤なのね。」

「そう。何が喜ばれるのか、おぢさんには難しかったから、ワード検索したのね。可愛いらしかったし、いつも沢山のシャワー浴びてるのが、少しでも癒されるって言うか、役に立て無いかなって。」

「私、お風呂好きなので、めっちゃ嬉しい。大事に使いますね」

「大事にはしなくて良いから、毎日使ってよ。無くなったら、また買ってくるし。そんな値段じゃないしね。使ってもらえる事が、俺の喜びだから」

「ありがとう、優しいね」

「役に立ちそうなもの、また探して見るね」

「それより、私は田中さんが来てくれるだけで、嬉しいんです。実は私、とっても逢いたかったから」

「社交辞令だとしても、嬉しいなぁ」

「そうじゃ無いです。ほんとだったの...」


なんか、今日はいつもと違う感覚が有った。

やはり、長い休みには何かがあったんだろうと感じる何かだ。


「田中さん、そろそろシャワー行きますか?」

「今日はさぁ、シャワーとかサービスは要らないから、隣で添い寝させてくれる?」

「うっ、うん」


なんか、今日はそんな思いが湧き上がって来たのだった。

髪をかき上げ、頭を撫でながら、黙って彼女をずっと見ていた。


「どうかしました?」

「可愛いなあぁって。芸術ってさ、ずっと見てるものじゃない。そんな感覚」

「ずっと見られてたら、恥ずかしいです。」

「じゃあ、目瞑って寝ちゃいなよ。変な事はしないから、安心して」


寝顔も、ドキドキするほど素敵だった。自分を信じて寝てるんだと、そんな錯覚を覚えていた事も事実だった。

ただ、なぜか違う感覚も覚えて居たのだ。


「あー、ちょっと寝ちゃってた。あれ、どうかしました?」

「なんか、不思議な感じがしてね。」

「不思議な感じ?」

「前にどっかで会ってたかの様な?」

「元カノとかですか? ジェラシー感じます!」

「違う、違う」


違うとは言ったが、そう言われて思い当たった。元カノでは有るが、正しくは元妻である。

どこか、感覚が似ているのだ。

元妻とは、嫌いになって別れた訳じゃ無い。彼女から、別れを切り出されたのだった。

性格が合わなかったと切り出され、引き止めれなかった自信の無い俺が悪いとずっと思っていた。

その後、一年もたたずに再婚したらしい。別れたのと、再婚相手と付き合ったのが、どっちが早かったとか、もうどうでも良かった。

元妻に感じが似てるから、気に入ったんじゃ無い。この時は、そう思っていたし、そんな事どうでも良かった。

ただただ、寝顔が可愛いくて、愛おしかったのだ。 “やっぱり俺は、この娘に恋してる” 実感が確信に変わった瞬間だった。


「そろそろ時間だね。夢のような時間は、あっという間だ」

「今日はサービスできなくてゴメンなさい。」

「何言ってるの? 今日は、究極のサービスを頂いたんだよ。寝顔見せてくれたでしょ、こんな究極は無いから」

「そう言われると、なんか恥ずかしくなって来ちゃった」

「ごめん ごめん、何て言えば伝わるかな? その〜、とにかく今日はほんとに幸せな気持ちになれたよ。ありがとう」

「実は、私。ちょっと辛いことが有って。でも、こうして田中さんに逢えて、本当嬉しかったし、癒されました。だから、元気出ました」

「そうか、ならよかった。けど、辛いことって? 良かったら、話してくれないかな」

「大丈夫、大した事じゃないし、もう元気出たから」


そんな気丈に振る舞う 彩音が愛おしくて、堪らなかった。

彼女の肩を掴んで、そのまま抱擁してしまった。強く、強く抱きしめた。

俺の胸に顔を埋めて、委ねられて要るような気がしたから、頭を後ろから何度も何度も撫でてしまった。


「ゆうかちゃん、安心して。何があってもこの先、俺が貴女を守るから。俺だけは、味方だって信じて欲しい」


「ありがとう。ありがとう、田中さん!」

「元気出してね。3日後は、お休みでしょ!良い日になる事、祈ってるね」

「うん...」


ちょっと涙ぐんでいるように見えた彩音が気になって仕方なかったが、それでも時間は二人をあっけなく引き裂いた。

店を後にした俺は、今日も直ぐに家路に着くことが出来ず、街をふらついたのだった。

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