第3話 《転がる宝石》――The rolling jewel

 松本と櫻井が捕まえた男女二人組は年齢こそ成人したてだったが、取り調べに対して落ち着き払っていた。それもそのはずで、どれだけ調べても二人の身体および所持品からは盗品が発見できなかった。


「俺たちは持ってねえよ」

「どこにあるかも知らないの」


 何回も言わせるな、と捕まえた二人――カエデとミナト――はうんざりしたように言った。その様子をゴーグル型端末で記録していた科学技術研究所所属の花江まり果はなえまりか首を傾げた。


「うーん、嘘じゃないのは確かですね」

「嘘じゃない……。本当でもないってことか?」

「はい」


 花江はそう言って、装着していたゴーグル型の端末を外した。


「これの精度もまだまだですかねえ」

「精度というよりは、範囲のような気もするけど」


 花江が開発したその端末は『ウェアラブルうそ発見器』だ。相手にYES、NOで答えられる簡単な質問をいくつかすることで、嘘をついたときとそうでないときの反応パターンを分析・記録する。今回のように嘘でも本当でもないことを言われたり、黙秘をされたりしまえば無効だが、それでも以前よりは格段に話を引き出しやすくなった、と松本は思う。


「とはいえ、このまま話しても埒があかないでしょうし、一回終わりましょう。ここってお菓子食べてもいいんでしたっけ?」


 そう訊ねる花江に、それは取調室の外に出てから! と松本は強く言い聞かせた。

 とはいえ、単に休憩をするわけにもいかない。松本は隊舎にいる梶に、二人組が監視カメラの外に出た回数と時間を教えてほしいと言った。映像解析室で解析をした映像はきちんと結果が記録される。


『え、えーっとですね。監視カメラでの連続追跡が途絶えたのが五回っす。そのうち単純に監視カメラの範囲外になって、すぐに別のカメラでとらえられたのが二回で、残る三回はどこかしらに行ける可能性がある途絶え方してます。時間は長いものから十五分、八分、五分っす』

「ありがとう。その十五分と八分の映像を用意しておいてほしいんだが、頼めるか? 俺も見る」

『了解っす! 用意しておきます』


 ふう、と小さくため息をついて松本は腕を回した。それを見て、疲れていると勘違いしたのか、花江が個包装のチョコレートを差し出した。


「どうぞ」

「どうも」


 疲れる作業はこれからなんだけどな、と思いながら松本は小さなチョコレートを口にいれた。



 


「あ、そこ! ストップ!」


 松本と共に再度映像を見返していた梶は、松本の指示にあわてて映像の再生を止めた。常人よりもはるかに優れた五感を持つ松本は、単純な視力だけではなく、動体視力もよい。動いているものをとっさにとらえられる視力は映像解析でも重宝されている。欠点としては、電子的な刺激に弱く、長時間映像を見るのは難しいところだろうか。


「え、なんか写ってましたか?」

「画面右下の犬。少し大きくできるか? 特に首輪のあたり」


 松本の言葉に梶は素直に従う。松本の違和感を解消すべく右下の犬をピックアップした。この犬は二人組が消えて行った方角から出てきたが、犬に証言を求められるわけでもないため、特に関係ないだろうと気にされていなかった。映像の犬は元気に尻尾を立てて歩いている。


「……迷子犬ですかね?」

「どうだろう」


 首輪はしていたが、その犬を連れている人間は見当たらず、奇妙な印象を与えた。どこかの家から逃げ出したのだろうか、と梶が考えていると、松本の指が首輪のある一点を指差した。


「これ、なんだ?」

「……?」


 首輪には、小さな箱が取り付けられていた。通常であれば見慣れない姿に松本はもしや、と一つの可能性に行き当たった。


「――この犬、あいつらが消えて行った方から来たよな?」

「はい」

「この首輪の箱、盗まれた宝石入れるのにちょうどいい大きさだと思わないか?」

「え、あ、ええっ⁈ でもそんなことしたら、どこに行くかわかんなくなりますよ?」


 梶の疑問に松本は答える。


「いや、わかる。〈ヤシヲ〉では愛玩動物の脱走、迷子防止にマイクロチップ入りの首輪装着を推奨している。それをつけていたら、位置情報の把握だって端末で容易にできるはずだ」

「確かに……」

「だからさっき、『持ってないし、どこにあるかも知らない』って答えたんだなあいつ。嘘ではないが、本当でもないってそういうことか」


 松本は思いがけない周到さにため息をついた。そして、最初に監視カメラ映像で見たときの印象と現在の印象がちぐはぐだとも感じる。


「俺はもう一度取調室に戻って、彼らと話をしてみる。梶は隊長と話をして、本当に彼らの単独の犯行かどうかを洗ってほしい」

「? よ、よくわかってないっすけど、了解っす」


 とりあえず、映像からわかったことをちゃんと伝えたら隊長に俺の意図は伝わると思うから、と言って松本は梶を第三部隊の執務室に帰した。

 松本はそのまま取調室へと戻り、カエデとミナトに端末を見せてほしいと伝えた。


「どうして盗品を持ってなくて場所を知らないのか、分かった」

「……」

「犬に持たせたんだな?」


 松本の言葉に二人は目を伏せ、悔しそうに唇をかんだ。あともうちょっとだったのに、と言うカエデを松本はじっと見つめた。


「もうちょっと?」

「もう少し私たちが時間を稼いで、依頼人に宝石を回収してもらうつもりだったの。そうしたら捕まっても成功報酬として、二割程度もらえる予定だった」

「おい、」


 依頼人という言葉にミナトがカエデをこづく。


「なによ、もうバレてるんだしごまかしてもムダでしょ」

「そうだけど」


 ミナトを黙らせたカエデは松本にロック解除をした端末を手渡した。


「その位置アプリに入ってるのが、オコメの居場所」

「オコメ?」


 松本が首を傾げるとカエデが答える。


「犬の名前。捕まえに行くと思うけどオコメにケガさせずに捕まえてね」

「わかった。オコメに罪はないしな。お前らの事情と依頼人については、あとでしっかり聞く。端末これ、借りるぞ?」


 松本の言葉にカエデはうん、と首を縦に振った。ミナトは不貞腐れたまま黙っていた。


「……あの、」

「ん?」

「ごめんなさい」


 小さな声で謝ったカエデに松本は首を横に振る。


「それは俺じゃなくて、あのお店の店主に言うべきだ」


 ちゃんと返せるように回収するからな、と言う松本の言葉にカエデは小さく頭を縦に振り、ミナトは黙り込んだままだった。

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