国境の橋

西山鷹志

第1話 谷津祐輔は橋好き

 川のせせらぎに陽の光が反射してキラキラと輝き、川に架かる沈下橋からダイビングする子供達の姿があった。此処は、のどかな光景が広がる高知県では最長の一級河川、全長百九十六キロの清流四万十川である。

 その四万十川で観光客を乗せた屋形船が通過して行く。子供達は屋形船の観光客へ一斉に手を振る。観光客達も同じく手を振り笑顔を浮かべる。子供達にとっても観光客は大事なお客様でもある。屋形船と言っても墨田川などで見られる大きなものじゃなく、せいぜい十~十五人程度しか乗れないものが主流だ。


 屋形船の運営に携わっているのは子供達の親や親戚が殆どだ。だから子供達も心得たもので観光客に手を振るのはサービスの一環だ。その子供達もいずれは親の跡を継ぎ、屋形船に観光客を乗せ親と同じ道を歩むだろうか。代々そうして四万十川と共に生計を経てて来た。だが一人だけ違う夢を見ている少年が居た。

 四万十川で、まず浮かぶのは日本三大清流のひとつでもあるが六十橋もある沈下橋であろう。谷津祐輔(やつ ゆうすけ)はこの四万十川の近くで育ち、谷津家の長男として生まれ四万十川と共に生きて来た。一人っ子の祐輔は幼い時から四万十川と川に架かる橋が好きだった。川は母であり橋が父ように。


 父母は屋形船で生計をたて、祐輔は四万十川の橋の周辺で近所の友達と遊ぶ毎日だった。村の子供達も同様、町に出る事が少ないが、それでも満足だ。四万十川は四季を通して飽きる事なく楽しませてくれる。裕輔は親からも友達からも橋博士とからかわれた。中学を卒業する頃には、これ等の橋の構造や種類を熟知していた。橋の魅力に惹かれる祐輔の将来を既に決まっていた。

 高校生になった裕輔は高知県だけでなく四国、九州と春休み夏休みなどを利用して橋の写真を撮り続けた。その枚数は五千枚を超えた。やがて裕輔は高知市の高校二年生になった夏休みのこと、将来について両親と相談した。


「裕輔……どうしても東京の大学に行きたいのか」

「分かってくれ、父ちゃん母ちゃん。長男の俺が親の跡を継がなくてはならないのは承知している。でも俺は橋を造りたいんだよ。だから東京の大学で学び、橋の設計施工する会社に入りたい」

 父は落胆していた。てっきり屋形船の跡を継いでくれるものと思っていたからだ。だが母は言った。

「父ちゃんいいんじゃない。裕輔を田舎に縛りつれて置くのは親のエゴってもんだ。息子が立派になってくれれば、それも親孝行と言うものじゃないか」


つづく

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