19・アウストの憎悪

 メイドを連れたアウストと対峙するラウル。


「ラウル……お前は確かドラゴンと共に国を出たと聞いていたが、何の用だ?」


「リリーを、助けに来ました。」


「リリー? この子の事かしら。」


 メイドはリリーを捕らえた怪物を召喚する、中央に溜まっている液体にはリリーが入っていた、液体が濁っていてよく見えないが、既に悪魔化が進んでいるようだ。


「リリー!!」


「ハハハ! これはお笑いだな! あの小僧は結局お前に泣きついて逃げたという訳か……」


 アウストはリリーに目を向けながらアンディの事を笑っていた。


「兄上……何故このような事を……」


 ラウルは反乱を起こした理由を問う。


「理由など簡単だ……私もお前と同じなのだよ。」


「同じ……? まさか……!」


「そうだ……私も魔力を封印されていたのだよ、先に生まれただけで跡継ぎに選ばれた愚物の為に……な。」


 アウストは過去の出来事を話し始める。



――――――――――



『ハハハ! だせーなぁ!』


『そんな事も出来ねーのかよ落ちこぼれ!』


 魔法学校に在学していたアウスト、生まれつき魔法がうまく使えず、落ちこぼれと呼ばれ虐められていた。


『フン、恥さらしめ。』


『こんなのが弟とはな、ハッ、情けねえぜ。』


 家でもアーノルドやアラスターに蔑まれる毎日、そんなある日、アウストはアーノルドと執事の会話を聞いていた。


『主様、本当によろしかったのですか?』


『何がだ?』


『アウスト様の事です、あれ程の魔力を封印するのは、些か勿体ないのでは……』


『何を言うか、我が家の跡継ぎは長男であるアラスターでなければならんのだぞ、次男であるアウストの方が優秀であるなどと知られれば、我が家の面目にも関わる。』


『しかし……』


『……封印……そんな……じゃあ……』


 二人の会話を聞いたアウストは愕然としていた、今までの苦痛の日々の元凶が父親であった事に。


『今までのは……全部……』


 アウストの表情が絶望に染まる。


『う……うぅ……』


 アウストの眼から涙が零れる。


『……許さない……許さない……』


 アウストの表情が憎悪に歪んでいく。



――――――――――



「そして私は悪魔と契約を交わし、自らの封印を解いたのだ……私をこんな惨めな目に合わせた愚かな父と、その元凶たるしきたりを持つこの国に復讐するためにな。」


「……やはり、その力は黒魔術……」


 黒魔術、悪魔と契約を交わし力を手に入れる禁断の魔術である、その力は通常の魔法を遥かに上回るが、その魂は悪魔に奪われるという。


「そして私が彼と契約した悪魔、メレスよ、よろしくね。」


 悪魔を名乗ったメイド、メレスはラウルにウィンクをすると、本当の姿を見せる、身体は青黒く染まり、背中からは蝙蝠のような禍々しい翼が生え、尻尾が生えた。


「では、リリーを攫ったのは……」


「些細な余興だ、特に意味は無い。」 


 アウストは悪びれた様子も無く言い放つ。


「ところでラウルよ……あのドラゴンはどうした?」


「ヘリオスは、ここにはいません。」


「なに……では、お前一人でここまで来たというのか。」


 少し驚いた様子のアウスト、ラウルは黙って頷く。


「多分嘘じゃないわよ、あの子の剣……」


 メレスとアウストはラウルが手にしている剣に目を向ける。


「成程……聖剣か……」


 聖剣、悪魔と黒魔術師に対して特別な力を発揮する剣である。


「兄上……リリーを解放してください。」


 アウストは笑みを浮かべる。


「それは出来ん願いだな……あの小僧の代わりに来たというなら……代わりに救い出して見せるがいい。」


 アウストはドス黒いオーラを解放し、複数の魔法陣を展開、それに対しラウルは聖剣を構える。


「ディアボリックフレイム!」


 アウストが展開した魔法陣から腕の形をした黒い炎が現れ、一斉にラウルに向かう。


「……」


 しかし、ラウルは恐れず走り出し、素早い身のこなしで炎を躱しながら向かっていく。


「ハアアア!!」


 そして、ラウルはアウストに向かって聖剣を振り下ろす、しかし、アウストは余裕の表情で黒いバリアを作り出し、聖剣を防ぐ。


「ハアア……!」


 ラウルは先程ジンと対峙した時と同じように聖剣に魔力を込める、聖剣から眩い光が発せられた。


「……フッ」


「!?」


 しかし、アウストは余裕の表情を崩さず、その体にも何の変化も無かった、ラウルは後ろに跳んで距離を取る。


「なんで……」


「残念だったわね、その光、私たちには効かないのよ。」


「その光は悪魔の力に穢された者や悪魔の分身を祓うための物だ、我らのような本物の悪魔や黒魔術師には効かんよ。」


「クッ……」


「まあ流石にその剣で突き刺されたりすればヤバいかも……まあ、それが出来ればの話だけど……ね。」


 笑いながら言うメレスに対し、ラウルは黙って再び剣を構える。


「いいだろう……」


 アウストは先程よりさらに多くの魔法陣を展開する。


「行け。」


 魔法陣から黒い炎や黒い雷、さらに禍々しい槍が、ラウルに向かって発射される。


「プロテクト!!」


 ラウルは盾の魔法を展開する。


「クッ……!!」


 しかし、アウストの魔法はどれも強力で、普通の盾の魔法で防ぎきれる物ではなかった、ラウルは必死に魔法を避ける。


「かかったな。」


「!?」


 気付くと、ラウルの足元に魔法陣が現れていた、その魔法陣から禍々しい触手が伸び、ラウルを拘束する。


「しまった! クッ……」


 ラウルはもがくが、触手の拘束は強く、とても抜け出せない。


「終わりだ……」


 アウストはラウルの頭上に魔法陣を展開、その魔法陣に黒い魔力が収束していく。


(クッ……)


 ラウルは死を覚悟し、目を瞑る。


「……!?」


 アウストがラウルに魔法を放とうとしたその時、アウストは上空から迫る何かに気付いた。


「あれは……」


 アウストが見つめるそれは、赤いドラゴンとそれに乗る妖精、ヘリオスとシェリーだった


「ヘリオス! シェリー!」


 ヘリオスは右腕をアウストとメレスに向けて振り下ろす。


「チッ!」


 アウストとメレスはヘリオスの右腕を避ける、ヘリオスの腕は轟音を立てて地面を砕いた。


「ラウル、怪我はない?」


 シェリーはヘリオスの背中から顔を出す。


「大丈夫だよ、捕まってるけどね。」


「ヘリオス。」


「グォ」


 ヘリオスはシェリーに返事をすると、触手を引きちぎってラウルの拘束を解く。


「ありがとう、ヘリオス。」


「それでラウル、あいつらが……」


 シェリーはアウストとメレスに目を向ける。


「ああ、俺の兄、アウスト・ロックヴェルト、そしてあの女は……悪魔だ。」


「悪魔!?」


 驚くシェリー。


「厄介なのが戻って来たな……」


 アウストはヘリオスを見つめている。


「確かにドラゴンとなると、流石に一筋縄じゃ行かないわね……仕方ないわ、本気で行きましょう。」


「ああ……そうだな。」


 メレスの身体が黒い霞に変わり、アウストを包み込む、そして、その霞は巨大になり、段々と形を形成していく。


「!?」


「何だ!?」


「グルルル……!」


 ラウルとシェリーがメレスの変化に驚く、ヘリオスも警戒している様子だった。


「さあ……始めるぞ。」


 やがて変化が収まると、二人は一体化し、巨大な悪魔に変わっていた、巨大な女性の身体に山羊の頭が生え、背中には蝙蝠のような翼が生えている、アウストはその山羊の頭の額から上半身を出している。


「クッ……」


「これは……ヤバそうね。」


「グルル……」


 ラウルとシェリー、ヘリオスは覚悟を決めた様子で対峙する。

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