タナトスの福音
祐希ケイト
Ⅰ 血の涙を流す少女
イギリス、ケント州にある小さな教会──オール・セインツ教会──にて。
「ふぅ、このオンボロの建物が教会だなんて誰が気付くんだ」
帽子を深めに被ったその男は、ようやく目的地にたどり着き一息ついた。視界の端にあった建物が探し求めていた教会とは気付かず、駅から何度も行ったり来たりして無駄足を食らってしまっていた。
「それにしても
そこは、トンブリッジ駅から歩いてすぐのところにあった。マルク・シャガールがデザインした
今、その教会の扉に手をかけている男がいた。男の名はハル・ブライトマン──通称、ハル──、
ハルはひどく困惑した。咄嗟のことに頭が回らなくなり、状況をいまいち把握できなかった。少女は背中をこちらに向け女座りをしている。茶色の長髪の隙間から見るに
「君、目を怪我しているのかい」
「……怪我なんてしてないよ」
少女の声はとてもか細く、今にも消えてしまいそうなほど怯えた声だった。怪我なんてしていないと言われてもハルには信じられなかった。とにかくこの子を病院に連れていかなくては、と良心が働き、多少強引なやり方だと思ったが、ハルは少女の目許を覆う包帯に手をかけた。少女は恐怖で足が
包帯を取って尚、少女の目許を覆い隠す茶色の長髪の隙間に垣間見えた真実に、ハルは動揺を隠すことができなかった。指先を震えさせ、唾をぐっと飲み込み、目を見開いて質問を少女に投げかけた。
「君は……血の涙を、流すのかい」
自分で
少女は真っ赤な血を目頭に浮かべたまま一呼吸置くと、小さな声ではっきりと言った。
「そうだよ」
その言葉はハルが勿論期待していたものではない。合理的でもなければ納得もできない。少女が嘘をついている可能性も十分考えられたが、こうして頭の中で考えが
――ハルの心に悪魔が生まれた瞬間だった。
「聖母マリアは──」
ハルが口にした言葉の意味を、少女はこの時まだ知る
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