いつかの
カガヤキアキラ
第1話「告白」
初めて――好きを告げられ、気持ちを明かされた。
二人きりの昇降口前。沈黙に満ちたこの空間に、彼女のえらく思い切りのいい裏返った声が響く。
その声に自分は受け入れ切れぬまま、疑問として返した。
「……マジで?」
俺の制服の裾を握りながら、俯いたままの彼女はコクリと頷く。
艶やかな金髪と共に次々と視界に映る、下駄箱横のザラ板にぽつぽつと滴る涙、やけに力の入った指、震える肩と足。
「い、いつから」
「中学の時からっ、ずっと……でした」
そう言ってくれた彼女の声はやはり震えていて、か細くて、か弱くて、俺の劣情を揺さぶった。
同年代の女子のその姿に覚えた六割の多幸感、三割の罪悪感、一割の興奮。それらの覚えた感情を一言で形容するなら、魅せられたと言うべきだ。
俺はこの娘に対し、正直に好意を抱いた。
このまま、『うれしい、付き合おう』と言いたくなってしまう。それ程に、仕草と声には勇気があって。何よりこんなに可愛くて、真面目そうで、包容力の有りそうな娘が俺を選んでくれたという事実が男冥利に尽きる物だった。これらが六割の多幸感の全容。
問題は三割の罪悪感。
「付き合ってくれませんか……私と――」
俺はこの告白を。
「……できれば今、返事を――聞かせて下さい」
無理だ。と、突き放して、断らなきゃならない。
断らなくちゃいけないんだ。
彼女が気持ちよく言い切ると、少しの静寂の後に俺の声はかろうじて這い出てきた。
「ぁ……いや、あのさ」
「はい」
「えっと、その……俺」
「はい」
理由を――言ってはいけない気がした。
「……ごめん」
「はい、はぃ…………は……い……っ」
彼女は俺の返答を受け入れる様に俯いたままだ。少しの間の後、大粒の涙と嗚咽を零している。
言葉を、掛けられない。
「ごめん」
聞こえるか聞こえないかの声量で漏れた声。声を吐き捨て振り返ると、空きっぱなしの昇降口と校門に続く外の光景。泣く彼女のいないその光景に安堵した。
幸福も、罪悪も、劣情も振り返らぬままにそそくさと下履きを履いて、出口に向けて一歩踏み出した。二歩、三歩。
依然、聞こえる彼女のすすり泣く声。
四歩、五歩と続けて出口から体を出す。
「なんで……」
その一言が聞こえ、鳴るザラ板に、駆け寄る彼女に気付いた。
「理由をっ! ……教えてください」
六歩目を踏み出すことなく、俺の脚は止まる。
気は遣った、最善だった。
返事を聞いて俯いたままでいるべきだった。
俺のいない所まで走り出すべきだった。
なぁ、理由なんて聞かないでくれよ。
「……俺さ、漫画家になりたいんだ」
泣き腫らした顔。制服の裾を握りしめた手。荒く息を吐く口。
俺から返された理由に、彼女の激情がぴたりと止む。
六歩、七歩、八歩、九歩……。
校門を過ぎた頃、気になって振り返ると豆粒ほどの彼女がまだそこにはいて、周りの何を気にするでもなく空を仰ぎながら、嵐の様に泣いていた。
――これが、数か月前の話。
数か月後――、俺は幼馴染の家で勉強会と称しながら漫画を書いていた。
現在、休憩中。
「へーそんな感じに振ったんだ。酷いねぇ千明く~ん」
丁度、恋バナに興が乗って話過ぎたところだった。
「うるせぇな、お前こそ今年何もなかったのかよ、温井」
「ん~? アタシはなにも……まっ、あったとしても遠回しに『邪魔するな』なんて
断り方しないけどね」
「んっ……」
ごもっともな糾弾に、俺は固まる。だが……俺は――。
「あ~! 今、自分は悪くないとか思ったでしょっ!」
「!……」
「図星……あのね雑な嘘でもつけばよかったのよ、乙女心を想って優しい嘘の一つもつけない様な男は馬に蹴られて死にます」
断定して酷い事を言う、あれほど誠実で真摯な姿を見せられる身にもなってほしい。
その後も、こいつの説教が少し続いた。
ペンを走らせる音が部屋に響く。
……。
「……なぁ、次のコンテストどうだ、自信あるか?」
「は? 何言ってんの、満々だよ。今回も金賞はアタシの物」
さすがは天才。何を根拠にと聞きたいところだが、実際こいつの漫画は面白いそれもド級に。同じタイミングでこの道に入ったはずだったが、絵の上達具合、話の構成から見ても、温井恵。こいつは明らかな才覚を持っていた。
「すごいよ恵、お前はさ」
小さな声でそういった。
高校一年生の終わり頃、このころからだった。
「ん、なんか言った?」
「いや、何でも」
漫画を描くのが、楽しくなくなったのは――。
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