掌編小説・『かき氷』

夢美瑠瑠

掌編小説・『かき氷』

(これは、今日の「かき氷の日」にアメブロに投稿したものです)


掌編小説・『かき氷』


 「生きていていいと思うのは、季節のちょっとした感じとか、夏の氷水かな」そう言ったのはレイブラッドベリというSF作家だったな。あの独特のセンチメンタルな作風、子供時代へのノスタルジーとか失われた純粋さの希求がSFの現実逃避的な側面と結びついているユニークさは… … 


 …ごく幼少の頃の世界はもっと鮮やかな色彩だった、と思う。ナショナルジオグラフィックの挿絵の写真のように天然色で、世界は、生きることは、「したたるような味わいを持って」いた。これは伊藤整という作家の述懐だ。野の花も、昆虫も、どれほど今の世界よりも美しかったことだろう… …

      

 …夏休みの朝の清新な爽やかさは、ちょうど新しく羽化したばかりのセミのように美しい薄緑色だ。佐藤春夫は、羽化したばかりの清々しい蝉の頭にある三つの単眼の上に「輝かしい神の恩寵」を見た、ちょうど自らが選ばれた存在であるという象徴のようなものを見た、そう記している。… …

 

 …子供の頃には、濃い緑色のソーダ水に丸形のアイスクリームを添えた、クリームソーダという飲み物を、夏になると喫茶店や食堂でよく頼んだものだった。二軒離れた親戚の家では、ソーダ水の粉末を溶かして飲むのが習慣で、いとこたちと一緒にその発泡性の甘いソーダを常飲していたものだ。そういう思い出の中では自然で幸福な感情が横溢しているだけで、その感じは「細雪」の冒頭とか「火垂るの墓」という映画のまだ主人公たちが幸せだったころを連想させる… …

 

 …夏の夜は清少納言が「夏は夜」、と言ったように、独特の胸躍るようなワクワク感を伴っている。縁日の喧騒や、さまざまの色とりどりの照明がもたらす色彩三昧の陶酔感、それらは子供心に忘れられない一瞬の儚い夏ならではの感興を刻印する。ああ、あの頃の自分はどんなに幸福だったことだろう… … 



 …「地獄とは、他人だ」サルトルはそう言った。いつの間にか世界は色褪せて、灰色になった。季節の移り変わりも、蝉の声も、興醒めな茶番にとってかわった。単なる雑音が世界を覆い尽くし、全てが死んだ。こんな世界は一刻も早く終わってしまえばいい。僕はそう天に祈るようになった… … 

 

 …かき氷を食べながら、練乳のふくよかな甘さとしゃりしゃりした氷が歯に沁みる快感を堪能玩味しながら、私は例によってナンセンスで誰にとっても面白くもなんともない空想に耽っていた。そうしてそういう時間の集積が人生というものだとしたら、人生とは、人間とは一体何なのだろう?そうちょっと生意気な?疑問を呈してみるのだった。


<了>



 

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