そして彼女は
そして彼女は知らない言葉で口にした。@柿本英治
「えーちゃん。さくらんとゆりかすの事なんだけど」
のんちゃんが僕の股座に座ったまま聞いてくる。
のんちゃんとは藍沢望空。
春に転校してきた18歳の女子高生。
彼女は僕の幼馴染だったようで、今は僕の契約上の彼女だ。
大きくなったら付き合うという約束を、幼い頃に交わした女の子、らしい。
そんな小さな頃のものは無効で無視すればいいと心の何処かで何かが騒ぐけど、短冊という証拠があった。
それに約束は契約だ。
守るためにあるし、破らないことが前提だ。
それが心とか愛とかを強くすると、恋愛導師であるのんちゃんは言っていた。
どうやら多くのネッ友を救い導いてきたらしく、そんなあだ名がついたようだ。
何のことかはよくわからないけど、わかるために、僕は彼女と交際をスタートした。
そしてもうあの日から一月が経っていた。
「あの子達、しつこいんだよぉ。聞いてる?」
あの子達とは、元カノである花咲さくらさんと雨谷ゆりさんの話で、僕とはもう関係のある話じゃない。
それにしても、酷いあだ名だと思うけど…僕は口には出せない。
「んーお返事がないなぁ。悲しいなぁ。わたしはそのせいで激って激ってグジュグジュに泣きじゃくってるっていうのに無視しちゃって。ほら、擦りつけちゃうよ? 抵抗しないの? ねぇねぇねぇ?」
正しくは抵抗出来ない、が正解だ。
なぜなら僕の四肢はロープによって自由を縛られているからだ。
でもこれが普通の男女の営みでみんなしてるってのんちゃんは言っていた。
それを聞いた僕は、こんな言葉を思い出した。
男は狼。あるいは野獣。
確かに、男が暴れたら女の子なんてすぐに押し倒されてしまうし、場合によっては怪我をしてしまう。
縛るなんて、当たり前のことだった。
なのに、少し抵抗してしまったのは黒歴史だ。
男はつらいよ、とはこういうことを指す言葉だと、身をもって体験している僕だった。
「ふふ。しつこい女どもはデュクシっ、デュクシデュクシってね〜」
対してのんちゃんはいつも楽しそうだ。
よくわからない掛け声で、僕の可変可能な男のシンボルに、今もデュクシ? している。
僕の四肢はベッドの四隅に固定されているから、股間辺りは自由で開かれていてる。だからか、ペシペシされたり、サスサスされたりとされるがままだ。
これは八つ当たりだろうか。
痛くはないけど、イライラが溜まる。
だけど躱せないし、逃げられない。
自由で開かれたことがのんちゃんの自由航行を許してる。
それにしても、男女の行為がこんなにも殺伐とした営みだったなんて思いもしなかった。
僕は他人の軌跡を歩きたくなかった。だからそういうエッチなコンテンツを静止画と漫画以外見たことがなかった。
見たとしても、それは一瞬で。
その人達にも好きな人はいるはずだし、悪い気がしてた。それにこういう行為はもっと大人になってからだと思っていた。
だからこれが正しいか正解じゃないかはわからない。だけど、花咲さんや雨谷さんがちゃんと彼氏を縛っていたのか、乱暴にされていやしないかと想像してしまうと、なんだか心が締め付けられる。
彼女達の本彼氏くん達の手首に縄の跡はなかった。
やはり言葉にしないだけで、みんなそれぞれ胸の内っ側にはいろいろあると言うことだろうか。
僕はそれを知ろうともせずに…追い込むような真似を…僕はなんて酷いやつだ。
ああ、知らないことばかりで、知れば知るほど、何だか心がザリザリしてくる。
きちんと言ってあげれば良かった。
そうだ。今度言ってみよう。
いらないお世話かもしれないけど、やはり一度は好きになった女の子なんだ。
悲しい顔なんて見たくないんだ。
そう決意していたらのんちゃんがいつの間にか僕の目を真っ暗な瞳で覗き込んでいた。
「ぼーっとしてる柿本くんっ! 何を考えてたのか答えなさい! なーんて質問に真っ直ぐぴーんって手を上げたいみたいだよ。パンパンだぁ。おーおーここは素直だの〜よしよし。どれどれおぉ〜超格好ぃいよぉ。もぉ生意気。デュクシ、デュクシ。あー良い色になってきたなぁ。んふふ。でもいけないしーいけないんだのー。さてはて、これはどっちのイケナイでしょ〜かっ? うんうん。生殺しは嫌だよね。そっかそっかそうだよね」
ナマゴロシ。
また物騒な響きの言葉だけど確かに的を得ている。いや、この後を考えると射るが正しい気がする。
彼女、藍沢望空は変わった女の子だった。
よくわからないままにこうやって一人でテンションを爆上げしていくことがあった。
そんな時はスルスルと僕の腰に跨ってユサユサと前後に揺れ出す。
その後、あっち向いたり、飛び跳ねたり、上体を逸らしたり曲げたりと自由自在だ。
骨盤なんて、まるで別の生き物みたいだ。
「ふふ。満たされるって上限がないんだよね。だから一部規制緩和しようとは思うんだー。約束のことだよ〜」
…罠だろうか。
僕は二度の裏切りから人をあまり信用できなくなっている。
でも、こんなの社会に出たら通用しない。
それを慮ってくれた発言だろうか。
のんちゃんの言葉は僕には少し難解なんだ。
「だってわたし、もっとえーちゃんにもっともっと燃えて激って欲しくってさ」
彼女は話しながら、ゆっくりとしたリズムでタパンタパンと音を奏で出した。
「さくらんもぉ、ゆりかすもぉ、まだまだ脳破壊足りないみたいだしぃ」
僕のイライラを溜めるその音は、のんちゃんのドキドキするような言葉を隠してしまう。
それくらい僕の頭と身体の中を何もかも空っぽにする音だった。
「あと白井くんっているじゃない? あの格好いい男の子。言い寄ってきてさ〜今度は大丈夫だと思うんだよね。確認って言うか〜えーちゃん、聞いてる? もぉ、大事なことなんだよ?」
大事なのに、何故かのんちゃんはニタリと笑っている。
拾えた単語に心は騒つくけど、それが口に出せない。
僕は一つも言い出せない。
なぜなら僕の口の中には、穴の開いた黒いピンポン玉みたいなものがあるからだ。
一応抵抗はしたんだ。でも腕の縄と同じで、聞いたことのある話をされたんだ。
女の子は男の子に食べられる。
なるほど、その対策としては正しいと思ったんだ。
だから空気しか出せないんだ。
「ハ〜…、ハ〜…」
「んふ。なぁに、えーちゃん。はーはー言っちゃって〜ウケる」
のんちゃんは知らないかもしれないけど、唾液が溜まるばかりで、これじゃあお喋りなんて出来ないんだ。
いくら聞きだし上手なのんちゃんとはいえ、これだと返事も出来ないんだ。
でもまるで僕が答えなくてもいいみたいだ。
これがわかる、ってことだろうか。
いや、こういう行為の時は言葉なんかいらないのとか、目と目で通じ合うのが大事なのとか、そう彼女は言っていたし、頭が空っぽになるし、きっと考えすぎなのだろう。
「んー…? あ。乗ーってくれ…?」
「ハ〜、ハ〜〜」
「ふふっ。足ーりないぜ?」
「ハ〜〜、ハ〜」
「んふふふ。プーレイだぜ〜はぁ、はぁん。あんまり知らないけどロックな曲だねっ。あ、ロックと言えば…しょっとぉ」
そう言ってのんちゃんは膝を立てた。
確か杭打ち…と言っていたけど、なんとも物騒な言葉だと思う。
でもこれも何か僕の知らない言い伝えとかあるんだろうか。
男女の営みには似合わない言葉だし。
それに何より、ロックされてるのは僕で、おそらく杭も僕なんだ。石のように硬いし、動けないのも僕なんだ。
「えーちゃん…我慢してね?」
「フゴ…?」
何をだろうか。ロックオンってやつだろうか。本当に恋も愛も知らないことばか──あ、ああああああ!? 腰が! 爆裂しそう! 頭が! 視界が! 真っ白になる! のんちゃん退いて欲しい!! このままじゃ僕はまたお漏らししてしまう!
あ…駄目だ意識が…今日で何日目だろ…
付き合うってこんなに大変なんだな…僕、これから大丈夫かな…
いやまだだ!
僕だって格好くらいはつけたいんだ!
「あ、ああ、あ、その頑張って我慢してる顔好きぃ! それ超好きぃぃ!」
「フゴゴ?! フゴゴ、フゴゴ!!」
「そう! せー解っ! フィリコフィリコだよっ! ご褒美にっ! また、管理っ! して、あげる、からっ! んふっふ! でも、フィリコって、何っ、だろ、ねっ! フィリンコムかなっ! feelin' comesかなっ! なら合ってるよねっ! 溢れる熱い気持ちでわたしのお部屋におーいでっ!」
そして彼女は、自分もよくは知らないのに、知らない言葉で一頻り盛り上がってから口にした。
「あひゅ…またこんなに…おいひぃよぉ…」
それから、彼女は知ってる言葉で口にした。
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