ep55 空色の魔女はもういらない。

「ンク! ンク! ンク! ――プハァ~! ……あーあ。いくら飲んでも、気持ちが収まらないや……」


 自らの手でジェットアーマーを破壊し、タケゾーとも別れた後、アタシはいつものゴミ捨て場自宅で一人、ありったけの酒を浴びるように飲んでいた。

 別にダメージの修復のためじゃない。そんなものは十分に治せるだけのアルコールは摂取している。これは本当に単なるヤケ酒。

 これから徹夜で何かをするわけでもなく、この深夜帯に一人でヤケ酒を飲み続けている。


「アタシって……どうすればよかったんだろうねぇ?」


 そんなヤケ酒を煽りながら考えるのは、アタシのこれまでの振り返り。


 マグネットリキッドを誤飲したことによって得た、生体コイルに伴う超人的なパワーと特殊能力。

 その能力から思い付きで始めたヒーロー活動。

 それで人々から感謝され、世間から空色の魔女と噂されるようにもなった。

 今でもスマホでネット上を調べてみれば、空色の魔女への好意的な声も上がっている。


 でも、結局アタシは世間で思われているほど立派じゃない。

 偶然手に入れたこの力があれば、アタシの手で多くの人々を救えると思っていた。

 それだというのに、今となってはアタシを周囲で支えてくれた大切な人達にまで、多くの危害が及んでしまっている。

 幼い頃からアタシに良くしてくれたタケゾーの親父さんは亡くなった。

 その息子であり、こんなアタシのことを『好きだ』と言ってくれた幼馴染のタケゾーも、その胸に抱いていた空色の魔女への復讐心を利用されてしまった。


 ――むしろ、アタシがいるせいで多くの災難が巻き起こっているのではないだろうか?

 あのデザイアガルダにしたって、空色の魔女アタシが現れたから出現したのではないのだろうか?

 因果関係は分からずとも、そう考えてしまう。




 ――空色の魔女アタシなんて、最初からいなければよかったんだ。




「ヒック……。うぅ~。久しぶりに酔っぱらっちゃったな~……」


 そんな後悔と自責の念からくるこれまでにないヤケ酒は、生体コイルの許容量を超えるアルコールによってアタシを完全に酔わせていた。

 正直、今は酔いたい。酔って余計な思考を遮りたい。

 そうでもしないと、アタシの心が持ちそうにない。


 これまでアタシが防げなかった犠牲についてもだが、タケゾーの想いに応えられなかったのも辛い。

 本当はアタシだって、タケゾーにしっかりと気持ちを言葉にして伝えたい。

 でも、もうアタシがタケゾーの傍にいる資格はない。アタシが傍にいると、タケゾーはまた酷い目に遭う。




 ――このモヤモヤした気持ちが、ある意味一番辛い。




「……そうだ。早くデザイアガルダをぶちのめしちゃおう。そうすれば、空色の魔女の役目だって終わる……」


 ただ、アタシにはまだ空色の魔女としてやるべきことが残っている。

 多くの不幸を招いた仇敵デザイアガルダを倒さない限り、アタシの戦いは終わらない。

 半ば酒に酔った八つ当たりのようではあるが、アタシは一刻も早くその使命を成し遂げようと思いつき、座っていたソファーから腰を上げる。


 もう相打ちだって構わない。

 あいつが消えるのと同時に、アタシの役目も全部終えて――



 ドサッ



「あ……あれ?」


 ――そう思ってプレハブ小屋の外に出ようとしたのだが、アタシはバランスを崩して床へ倒れ込んでしまう。

 周囲に散乱した酒の空缶や空瓶も倒し、起き上がろうにもうまく体に力が入らない。

 どうにも、自分が思っていた以上に泥酔状態のようだ。でもまあ、アタシにはアルコールを分解することで電気エネルギーを発生させる生体コイルがある。

 デザイアガルダをぶちのめすためのエネルギーと思えば、少しは時間をかけてでも発電して――




「――ううぅ!? ハァ! ハァ! な、何これ!? か、体が熱い……!? む、胸が痛い……!?」




 ――そう思って生体コイルを稼働させたのだが、アタシの体はこれまでにない反応を示してきた。

 生体コイルと化した心臓が激しく鼓動を刻み、体中が焼けるように熱くなっていく。

 おまけに鼓動が激しすぎるものだから、左胸には激痛が走り、思わず両手で鷲掴みにしてしまう。


「こ、これって……ハァ……! キャパオーバーによる……生体コイルの異常反応……!?」


 床でうずくまりながらも、アタシにはこの身に起きた以上の異常はすぐに理解できた。

 自暴自棄になってやってしまったヤケ酒により、過剰なまでの燃料が生体コイルに反応してしまった影響。

 家電用の電力を雷で補えないのと同じ原理。アタシの体は完全にオーバーヒートを起こしている。


「こ、これ……本気でヤバい……!? ハァ、ハァ……! い、息が……意識が……!?」


 そんな生体コイルの異常は、アタシの脳をも蝕んで来た。

 巡り渡る血液に対して比例しない酸素。脳が酸欠を起こし、アタシの意識をも奪おうとしてくる。

 これは本能的に理解できる。アタシはこのままだと死ぬ。


 ――なんともお笑い草な話だ。酒を燃料に能力を行使する空色の魔女が、酒で命を落とすってかい?

 でもまあ、ある意味で似合いの最期かもしれない。


 このプレハブ小屋には誰もいない、アタシ一人の状況。

 周囲に迷惑をかけておいて勝手な話だが、ここで人生そのものに幕を引くのも悪くない。

 ただ、デザイアガルダをアタシの手で倒せなかったのは心残りかな? アタシはここでリタイアしちゃうけど、もっと精神的に持つ人が倒してくれることを願うしかない。




 ああでも、一番の心残りはあいつのことかな――




「タ……タケゾー……。ごめん……ね……」





「……んうぅ。あ、あれ? アタシ、生きてる?」


 結構な未練を残したまま息を引き取ったと思ったアタシだが、次に目を覚ますといつものプレハブ小屋の景色が目の前に広がっていた。

 どういうわけか酒の空缶や空瓶も一通り片付けられ、アタシ自身も床ではなくソファーの上で横になっている。

 おまけに額に置かれているのは、冷たい濡れタオル。ひんやりと気持ちよくて、体も幾分か楽になっている。


 ――これって、誰かがアタシを助けてくれたってこと?




「ハァ……よかった。目を覚ましてくれたか」




 アタシが疑問を抱いていると、誰かの声が聞こえてきた。

 その声は良く聞き覚えがあり、アタシが意識を失う間際に望んだ幼馴染の声――




「中を覗いてみれば、お前が高熱を出して倒れてて心配したんだぞ? ……隼」

「タ……タケゾー……?」

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