ep45 後悔は残るけど、アタシにはまだやることがある。

 タケゾー父が亡くなった後日、タケゾーの実家でその葬儀が行われた。

 葬儀には警察関係者も多く参列し、みんなその死を惜しんでいた。

 その様子を見れば分かる。タケゾー父は――赤原警部は多くの人に信頼されていた。




「タケゾー……その……今回のことは、アタシも何て言ったらいいか……」

「いや……来てくれただけでありがたいさ、空鳥」




 アタシも喪服に身を包み、この葬儀へと参列した。

 タケゾーにも会うのだが、とてもかける言葉が見当たらない。

 向こうもアタシに気遣おうとする様子は見えるが、目元には酷い隈が出来上がり、気力をまるで感じない。


 ――親父さんの遺体の第一発見者となったのだから当然だ。


「あ、あのさ……親父さんは事故で亡くなったって聞いたんだけど……?」


 そんな親父さんの死因についてだが、亡くなった場所が警察関係施設だったりしたもので、事故死として取り扱われている。

 だが、そんなはずがないことはアタシが一番よく知っている。

 親父さんはデザイアガルダの強襲により、巨大な木箱に圧殺された。それが本当の死因。

 アタシだけはその事実を知っている。


 ――アタシはあの場で空色の魔女として、親父さんの死に目に会った最後の人物。

 そして、親父さんを死なせてしまった元凶だ。


「……確かに、公には親父は事故死となってる。だけど、あれは事故死なんかじゃない……!」


 それともう一つ、あの場における一部の事実のみを知る人物がいる。

 それが公には第一発見者となっている息子のタケゾー。タケゾーはあの場に空色の魔女アタシがいたことを知っている。

 ただ、その部分しか知らないから――




「俺は見たんだ。親父が死んでる現場に、空色の魔女がいたところを……。もしかすると、あいつが親父を殺したんじゃ……!?」




 ――空色の魔女アタシが親父さんを殺したんじゃないかと疑っている。

 『そうじゃない』と言いたい。『真犯人は別にいる』と声を大にしたい。

 それでも、アタシにはそれができそうにない。




 ――親父さんがアタシに巻き込まれて死んだ事実は変わらない。




「……ねえ、隼ちゃん? ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

「おふくろさん……」


 タケゾーに対して言いたくても言えない言葉の数々を抱えていると、タケゾー母が廊下の壁に隠れながら声をかけてきた。

 タケゾーはその言葉に反応すことはなく、ぶつけようのない怒りで体を震わせている。

 アタシもいたたまれない気持ちが抑えられず、タケゾー母の言葉に従って静かにその場から離れた。


「武蔵なんだけど、夫が亡くなってずっとあの調子でね……。私から尋ねてみても、何も話そうとしないのよ……」

「そうなんだね……。おふくろさんだって大変だってのに……」

「私のことは構わないのよ。それよりも、隼ちゃんには武蔵の傍にいて欲しいの」

「ア、アタシが……? でも、アタシなんか傍にいたって……」


 少し離れた物陰で、アタシはタケゾー母にタケゾーのことを頼まれた。

 でも、アタシがいたところでどうなるのよ? むしろ、アタシは誰よりもかける言葉がない。

 タケゾー母の気持ちも汲み取りたいが、アタシにはその一歩を踏み出すことさえできない。


 ――アタシこそがタケゾーの憎む空色の魔女本人であるという事実が、気持ちに壁を作ってしまう。




「別に隼ちゃんに何かして欲しいわけじゃないのよ。ただ、武蔵の傍にいればいいだけ。隼ちゃんがご両親を亡くした時と同じようにね」

「アタシの両親が……亡くなった時と同じように……」




 それでも、タケゾー母はまるでアタシのことも気遣うように、優しく言葉を述べてくれた。

 そういえば、アタシも両親が亡くなった時は今のタケゾーみたいになってたっけ。

 アタシの場合はただ現実が受け入れられず、一人でワンワンと泣きつくしてたけど。


 ただ、その時にアタシの傍にいてくれたのがタケゾーだった。

 色々と優しい言葉もかけてくれたが、何よりも傍にいてくれたことが嬉しかった。

 ただ傍にいて、アタシのことを優しく抱きしめてくれるだけで、あの時のアタシの心は救われた。


 ――今度はアタシがあの時のようにすれば、タケゾーも少しは落ち着くのかな?


「……うん、分かった。とりあえず、アタシはタケゾーの傍にいるよ」

「そうしてくれると助かるわ。あの子にとっては、隼ちゃんがいることが何よりの薬だからね~」


 タケゾー母もどこか悲しさは残っているが、それでもアタシに対していつものように微笑みながら答えてくれた。

 それにしても、このご両親は少々アタシに期待しすぎではないかとも思う。

 タケゾー父もアタシに『息子を頼む』と言ってたが、どこまでアタシがタケゾーの力になれるかなんて分からない。


 ――それでも、期待されてしまった以上、アタシはそれに応えたくなる。

 たとえアタシがタケゾーの憎む、空色の魔女本人であったとしてもだ。




「……タケゾー。あんたが落ち着くまで、アタシが傍にいてやんよ」

「そ、空鳥……? う、ううぅ……!」




 アタシはタケゾーの傍に戻ると、同じように座ってその体を抱きかかえた。

 昔からそうだが、タケゾーは男にしては線が細い。今の心が折れた状況も含めて、とても弱々しく感じてしまう。


「お、俺だって……空色の魔女に助けられたことがあるんだ……! あいつのことを憎んでしまうけど、それでも心のどこかで信じたくなる……!」

「うんうん……。今は好きなだけ、好きなように喋るといいさ。アタシがこうして、全部聞いていてやるよ」

「そ、空鳥……。ううぅ……ああぁ……!」


 タケゾーはアタシの腕に抱かれながら、ただただその胸の内を吐露しながら泣き続けた。

 こいつも空色の魔女が本当に犯人かどうかまでは、まだ半信半疑のようだ。それを聞けたことは、アタシにとっても救いがある。

 でも何より重要なのは、タケゾーがここから立ち直ることだ。


 ――そのためにも必要なのは、タケゾー父を殺した元凶、デザイアガルダを討伐すること。

 アタシだって、元々はあいつを倒すためにタケゾー父と協力していたのだ。これだけは何としても、アタシの手で果たさないといけない。


 そして、デザイアガルダという悪役ヴィランがいなくなった時、それを退治する正義のヒーローも必要なくなる。

 デザイアガルダを打ち倒した時をもってして、アタシも空色の魔女はお役御免としよう。




 ――もうアタシのせいで、周囲の人達を失いたくはない。

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