ep44 もう完全に許さない!!

「ゲーゲゲゲェ! ヒーロー気取りの空色の魔女も、所詮は我が身の方が可愛いカ! 自分だけ助かるために、あの警部を見捨てるとはナァア!! ゲーゲゲゲェ!」

「…………」


 デザイアガルダの鬱陶しい嘲笑が聞こえてくるが、それ以上にアタシは眼前の光景に茫然としてしまう。

 屋上に叩きつけられた木箱の下から流れ出る血。それが誰のものかなんて分かり切っている。




 ――アタシも幼い頃からよくしてもらっていた、タケゾーの親父さんの血だ。

 アタシを庇い、一人で木箱に圧し潰されてしまった。




「どうしタ? 空色の魔女? せっかく助かったのに、戦おうとも逃げ出そうともしないのカ? だったら、ワシの手で今度こそ葬ってやるゾォオ!!」

「…………」


 デザイアガルダからは状況が見えていなかったのか、アタシがタケゾー父を見殺しにしたと思っているのだろう。

 いや、実際には同じことか。タケゾー父はアタシのせいで巻き込まれ、アタシが守り切れずに死んでしまったのだ。




 ――やっぱりアタシに関わると、大切な人を巻き込んでしまう。




「……ンク! ンク! ンク!」

「オォ? 何をしていル? 一人でヤケ酒カ?」


 それでも、今のアタシの頭の中には、一つしかやることが出てこない。

 まずは懐から酒の入ったボトルを一本取り出し、一気に飲み干す。

 普段なら空色の魔女の時でも、チマチマとしか飲まない酒だ。アルコール度数が高く、生体コイルへ過剰な燃料接種を起こすリスクがあるからだ。


 それでもアタシは全部飲み干すと、空になったボトルを捨てて、忌々しい眼前の敵へと目を向ける――




「あんただけは……絶対に許さないぞぉぉおおお!!!」




 ――両目の瞳孔を開き、これでもかという怒りを滲ませてデザイアガルダに咆哮した。

 こいつだけは本当に許さない。もう絶対に許さない。


 ――アタシの幼馴染の父親を、アタシにもよくしてくれた大切な人を殺した奴を、許せるはずがない。


 そんな気持ちを込めて、アタシは体内の生体コイルをフル稼働させる。

 これまでのように調整した稼働の比ではない。さっき飲んだ酒を全部生体コイルで電気エネルギーへと変換し、そのまま体内の強化細胞へと出力させる。

 それにより、アタシの体には青い稲光が視認できるほど発生し、髪の毛もこれまで以上に毛先が浮き立ち始める。


 ――今のアタシは、普通の自家用車にニトロを積んで出力を無理矢理跳ね上げたのと同じ状態。

 過剰な負担がかかっているのは百も承知だ。

 それでも、こうしないとアタシの気が収まらない。デザイアガルダをこの手でぶちのめすことしか、アタシの頭の中には浮かんでこない。


「ふんぐぅうう……! どぉりゃぁあああ!!」



 ブゥウウンッ!!



「馬鹿ナ!? どこにそんな力が残ッテ!?」


 今のアタシにあれこれ考える余裕もない。ただ力任せにデザイアガルダを倒すことしか考えられない。

 タケゾー父を圧し潰した忌まわしい巨大な木箱を持ち上げ、空中で嘲笑っていたデザイアガルダへと投げ返す。

 これまでの許容量を完全に上回る、圧倒的なまでのオーバースペック。さっきまでのパワーとは段違いだ。

 デザイアガルダも驚くが、こちらも力任せでコントロールがうまくできず、木箱自体は当たらずに再度屋上へと落下してしまった。


「こ、こんなパワーを持っていたのカ……!? これ以上は下手に相手できぬナ……!」

「待てぇえ!! デザイアガルダァア!! デザイアガルダァァアア!!!」


 さらにはアタシのそのパワーを目の当たりにして、デザイアガルダも危機感を覚えて退却を始めてしまった。

 その逃げ行く背中に向けて大声で叫ぶが、デザイアガルダがこちらを振り向くことはない。


 アタシの大切な人を奪うだけ奪って、夜空へ消えて行ってしまった。


「ハァ……ハァ……! そ、そうだ! タ、タケゾーの親父さん!?」


 そんな逃げる背中を眺めながら息を整ていたが、タケゾー父がどうなったかをしっかりこの目で確認していないことに気付いた。

 圧し潰していた木箱はアタシが投げ飛ばしたし、目を向ければすぐに確認はできる。


 ――いや、そもそも確認するまでもない。

 アタシはタケゾー父の最後の瞬間をその目で見たんだ。結末など、アタシが一番想像できる。


 当然、さっきまで木箱があった場所に目を向け、そこで確認できたのは――




「あ……ああぁ……!? タ、タケゾーの……親父さん……!?」




 ――うつぶせになったままもうピクリとも動かない、タケゾー父の亡骸だった。

 近くに寄って膝をついてその体を仰向けにするが、もう完全に息絶えている。圧し潰された衝撃により、全身が痛々しいまでにボロボロだ。


 ただ、その表情だけはアタシが最後に見たものと同じく、どこか希望を託せたことを感じさせる笑顔。

 その希望とは、他でもないアタシのことなのだろう。アタシならばデザイアガルダを倒し、この街の平和を守ってくれると信じてくれたのだろう。




 ――でも、今のアタシにそんな資格があるとは思えない。




「ああぁ……うわぁぁああん……!」


 アタシはタケゾー父の亡骸の傍で、泣き崩れることしかできなかった。

 世間で空色の魔女と呼ばれ、サイエンスウィッチなどという名前を与えられようとも、アタシは身近な大切な人さえ守れない。

 それどころか、この人はアタシを守ったせいで命を落としてしまった。

 人助けしたり、守りたくて始めたヒーロー活動なのに、全く逆の結末が眼前に広がっている。




 ――何が空色のサイエンスウィッチだ。

 アタシはヒーローでも何でもないじゃないか。




「お、親父!? さっき物凄い音が聞こえたけど、何があって――ッ!?」

「タ……タケゾー……!?」


 そうしてアタシが一人で泣き崩れていた屋上にいると、一人の男がやって来た。

 それが誰かなんて即座に判断できる。ここでアタシを守ってくれた人の息子であるタケゾーだ。

 タケゾーもすぐに眼前にいる自身の父の姿を確認し、すぐさま駆け寄ってくる。


「お……親父……? な、なんで……? こ、これって……死んで……?」

「あ……ああぁ……!?」


 タケゾーは父親の亡骸を見て、愕然と膝をついてその顔を覗き見ている。

 その姿はとてもではないが、アタシも見ていられるものではない。思わず立ち上がり、空色の魔女の姿のまま後ずさりを始めてしまう。


「そ、そんな……? だ、誰が……? お、親父……親父ぃ……!?」


 タケゾーも状況を飲み込むと、アタシと同じように大量の涙を流し始める。

 実の父親の遺体を見たのだから、こうなるのも当然だ。同時に、タケゾー父を守れなかった悔しさから、アタシの胸もさらに苦しくなってくる。

 さらにアタシの頭の中で浮かんでしまうのは、今この場における状況で、タケゾーが抱いてしまう可能性。


 この屋上には犯人であるデザイアガルダはもういない。

 いたのはアタシと殺されたタケゾー父だけだった。

 そこに何も知らない息子のタケゾーがやって来れば――




「お、お前が……お前が親父を殺したのかぁあ!? 空色の魔女ぉぉおお!!??」

「ッ!?」




 ――アタシのことを犯人だと思ってしまう。

 その予感は的中してしまい、タケゾーは涙で目元を濡らしながらも、怒りの形相をしながら空色の魔女アタシのことを睨んで来た。

 それはもう、この間の喧嘩の時とは比較にならない。絶望と憎悪が入り混じった、とても形容できない形相だ。


「ううぅ……!?」

「ま、待て!? 本当のことを言え! お前が俺の親父を……殺したのかぁあ!?」


 アタシは思わず、デバイスロッドを取り出して空へと飛び立ってしまった。

 『アタシは殺してない』とも言いたかったが、とても言えなかった。


 実際にそうであったとしても、アタシの中では同じことだ。

 タケゾー父はアタシを庇って死んだ。アタシが守れなかったから死んだ。アタシの傍にいたから死んだ。


 ――アタシが殺したことと、同じじゃないか。


「う、ううぅ……! うあぁ……あああぁ……!」


 もう何も考えられない。もう何も考えたくない。

 タケゾーにも恨まれたまま。その父親も守れぬまま。元凶であるデザイアガルダも倒せぬまま。




 ――そんなあらゆる後悔だけを抱き、アタシは逃げるように空を飛んだ。

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