ep32 警部さんから許可をもらった!

「……へ? アタシと協力? あの巨大怪鳥のことを聞きたいんじゃないの?」

「報告を聞く限り、君も詳細は知らないのだろう? どうにも手探りで戦っていたようだし、そこは期待してないよ」


 てっきりこの間(空色の魔女ではない時の)アタシにしていた話が出てくるかと思ったら、予想外の話が飛んできた。

 思わずびっくらこいた。こちらがマヌケな返事をしながらも、タケゾー父は話を進めてくれる。


「君にとっても謎めいた巨大怪鳥だが、現状であの怪物とまともにやり合えるのは君ぐらいだ。それならば、俺も治安のために共同戦線を引いた方がいいと思ってな」

「でも、この間も言ってなかったっけ? 警察に認めてもらうには、名前と住所が必要だって? 悪いんだけど、それはアタシも教えたくないのよ?」

「そう言われることも想定の範囲内だ。だから、これは俺の個人的な依頼だ。それに世間でヒーロー扱いされている空色の魔女を、迂闊に悪者扱いはできないさ」


 どうやら、アタシはこのまま尋問地獄に送られるわけではないようだ。

 それどころか、タケゾー父は本当にアタシと協力したいと述べてくる。


「こちらからも、巨大怪鳥に関する情報はなるべく提供する。それに、君が普段から行っているヒーロー活動についても、こちらで目を瞑るように取り計らおう」

「マジで!? ……あっ。でもそれって、赤原警部の立場がマズすぎない? 大丈夫なの?」

「俺は警察組織でもそれなりの地位にいるからな。こういう時ぐらい、権力の横暴をさせてもらうさ。それにしても、俺の心配までしてくれるのか? 空色の魔女は本当にとんだお人好しだな。ハハハ!」


 タケゾー父は笑い声を飛ばしながら、明るい調子で述べてくれるが、アタシにとってはこれ以上ない条件だ。

 だって、これまで邪険にされてたヒーロー活動を認めてもらえるのよ? これって、超スーパー待遇じゃない?

 あくまでタケゾー父の独断だから心配にもなるけど、この人は昔から豪気な面もある。なんだかんだで何とかなりそうな人だ。


 それに、アタシだってあの巨大怪鳥の畜生クソバードを懲らしめないと気が済まない。

 あいつは洗居さんどころか、タケゾーまで襲った奴だ。アタシ自身のミスもあったとはいえ、見逃すはずがない。


「ただし、約束通りに巨大怪鳥の件には協力してもらうぞ? 俺も警察官として、あんな強盗をする悪質な鳥は捕縛したいからな」

「うんうん! 分かった! アタシも喜んで協力するよ!」

「よし。交渉成立だな。それじゃあ、手錠を外すからちょっと待ってて――」


 これはテンション上がっちゃうね。なんだか希望が湧いてきたよ。

 正体を明かすか悩んでいたのも、元々は警察の逮捕を恐れてのこと。その心配がなくなったのだから、思わず気分も舞い上がる。

 今は周囲への危険で話せない方向に変わったけど、気持ち的には楽になれる。

 ヤバい。思わず両手に力が入って、万歳して叫びたくなる――


「ヒャッハァァアア!!」



 バッキーン!!



「……あっ」

「……君、何やってるの?」


 ――そして実際に万歳しながら叫ぶと、ヤバいことになってしまった。

 力み過ぎたせいで、アタシの両手にはめられた手錠がちぎれてしまったのだ。

 手錠を外そうと鍵を手に取ったタケゾー父も、これまでの好意的な態度から一転、ジト目でこちらを睨んでくる。


「君のパワーが信頼できることは分かった。だが、これは器物破損だし、下手をすれば加重逃走罪にもなるよ?」

「……はい」

「この際だから言っておくけど、巨大怪鳥と戦う時もできるだけ被害は抑えてくれ。仕方がないとはいえ、建造物などの被害総額も馬鹿にならない」

「……はい」


 結構厳しめな口調と表情で注意され、アタシもしょんぼりするしかない。この親父さん、怒ると結構怖いのよ。

 さっき戦った時の被害についても忠告を受け、幼い頃にタケゾーと一緒にタケゾー父の育ててた盆栽をダメにして怒られたことを思い出す。


 幸い、これで金銭を請求されることはなかった。

 うん。気をつけよう。

 無闇な破壊、ダメ、絶対。





「よっす! タケゾー! 今日も来てやったぞ!」

「顧客相手に『来てやったぞ』なんて言う修理屋がいるのか? つうか、今日はやけに機嫌がいいな」


 その翌日、アタシは仕事でタケゾーの勤める保育園までやって来た。

 清掃用務員の仕事も入ったとはいえ、あっちは副業。こっちがアタシの本業だ。

 タケゾーにはどこか気味悪がられるが、アタシも機嫌の良さを抑えられない。

 昨日にタケゾー父から空色の魔女を実質公認してもらい、今後の活動にも兆しが見えてきた。

 おかげで昨日に会った時とは一転、アタシの機嫌はすこぶるいい。


「昨日はバーで会った時も電話の時も、やけにしおらしかったからな……。まあ、お前が元気でいてくれるならそれでいい。そういえば、バーで何か話そうとしてなかったか?」

「ああ、あの話? もう大丈夫な話さ。アタシの取り越し苦労だったよ」

「そうか? それならいいんだが」


 それでもタケゾーからしてみれば、アタシのテンションの差は気になるようだ。

 とはいえ、ここはもう適当に流しておく。アタシのテンションの起伏なんて昔からよくあったから、タケゾーも深くは気にしていない。

 一応はタケゾー父の後ろ盾を得ることもできたので、下手に正体を明かすかどうかで迷う必要もなくなった。

 アタシとしても、タケゾーと空色の魔女を深く繋げたくはないからね。


 ――ただ不思議な話、そこに奇妙な寂しさも感じてしまう。


「ジュンせんせー! あそんでー!」

「オモチャよりも、おそとであそびたーい!」

「お? 今日はお外で遊びたいのかな? よーし! アタシと一緒に遊ぶとすっか!」

「おい、空鳥。お前は仕事でここに来たんじゃないのか?」


 そんな奇妙な寂しさも、近寄って来た園児達の笑顔と声で吹き飛んだ。

 子供のこういう姿は微笑ましいものだ。

 タケゾーには少し釘を刺されるが、これも仕事になると言うものよ。


「タケゾーよ。アタシだって、何もただ子供と遊ぶだけではないのだよ。例えばほら、あそこのジャングルジムとか、結構古くて錆も出て来てるじゃん?」

「まあ……あれは俺も気になってたんだよな。ペンキの塗り直しでもしてくれるのか?」

「チッチッチ~。そんなチャチなレベルでアタシは済ませないよ。あのジャングルジムにマットやボールプールを追加して、さらにはイルミネーションと錆止めにもなる強化コーティングを――」

「それ、もうジャングルジムが別物にならないか!? 修理というより、魔改造だぞ!? ……コーティングはちょっと気になるけど」


 アタシだって、今となっては唯一の技術者としての大切な顧客様にサービスしたい。指振りしながらちょっと提案を述べてみる。

 ジャングルジム以外にも、滑り台をジャンプ仕様にする考えだってある。もちろん、どれも安全面を考慮した上でだ。

 タケゾーからもあれこれ言われるが、コーティングについては興味を持っている。

 多少はコストもかかるけど、ここはタケゾーのためにもアタシが一肌脱いで――




「……ん? あそこに立ってる女の人って……?」




 ――そう思って園内の広場を見渡していたら、門の向こうの道路に一人の女性が立ってるのが見えた。

 遠くから見た感じ、緑色のタイトスカートのスーツに艶やかなウェーブの茶髪。グラマラスボディな妙齢の美人。

 何て言うか、アタシよりも魔女っぽい。美魔女って感じ。

 そんな美魔女が、遠くから保育園の様子を眺めている。


「ああ、あの人か。俺がこの保育園に勤めるだいぶ前に、ここに息子さんを通園させてた人のお母さんだな」

「そんな人がなんで、今もこっちの様子を伺ってるの?」

「いや……これは俺も聞いた話になるんだけど、その息子さんは園内の事故で亡くなったとかでさ……」

「うわぁ……それはキツイ話だねぇ……」


 どうやらあの美魔女さん、ここの保育園とは昔に一悶着あったそうだ。

 しかもお子さんが亡くなっただって? アタシもやるせない気持ちになってくる。

 そんな過去のことはどうしようもないけど、アタシにはどうにもできない。

 流石に科学の力をもってしても、時間を巻き戻して過去には行けない。失われた命も時も戻らない。


「あれ? あの人、こっちに近づいてくるよ?」

「本当だな? なんだか、空鳥の方を見てないか?」

「そうみたいだけど、アタシはあの人のことなんて知らない――あっ」


 こっちがあまりに美魔女さんを見ていたからか、向こうの方からヒールの音を響かせながらこちらへ歩いてきた。

 その歩き方一つにしても、どこか気品を感じる。全体的な身なりもよく見ると、かなりのセレブであることが伺える。


 それもそうだろう。こうして近づく姿を見てみると、アタシはこの美魔女さんに見覚えがある。

 アタシ達のような技術職の人間にとっては、ある意味で雲の上の存在。




 科学工学全般でいくつもの論文を発表し、一代で世界規模の超巨大企業の社長となった、超やり手のキャリアウーマン。

 その人が今、アタシの目の前にいる。




「あ、あの。すみませんが、あなたはもしかして、星皇せいのうカンパニーの社長さんだったりします?」

「おや。私のことをご存じなのね。あなたの言う通り、私が星皇カンパニーの代表取締役社長よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る