ep27 コソコソするしかないじゃん!
タケゾーの家で夕飯をお呼ばれして以降も、アタシの私生活と空色の魔女としての活動の二足のわらじは続けている。
とはいえ、その活動方針にも変化があった。
「空色の魔女は今日も姿を見せなかったのか?」
「はい。現場には不可解な痕跡があり、何かしら関与している可能性はあるのですが……」
「わずかに目撃情報もありますが、今までよりも素早く逃げられていまして……」
これまでと違い、助けに入るための影響を最小限に抑えている。
暴走する車を止めるために、遠くからナットやネジを使った人力コイルガンで狙撃。
あるいは鉄パイプなどをトラクタービームで操り、見えない位置から犯人に打撃。
どうしても近づく必要がある時は、パパッと格闘術で撃退して即撤退。
――はい。警察にビビってます。
今もこうしてタケゾー父や警官の様子を遠くから伺ってるけど、やっぱり捕まるのは嫌だ。
タケゾー父の話を聞いて以来、空色の魔女としての活動は大幅に縮小した。
「ネット上でも、なんだか叩かれちゃってるね~……」
そんな空色の魔女のチキンな対応への変化を見て、世間と言うものは結構辛辣だ。
これまでが派手だったせいもあり、一気に地味になった今の空色の魔女の様子に対して否定的な意見も増えてきた。
アタシもSNSで確認してみるが『急にチキンになった』『これじゃ空色の魔女じゃなくて鶏の魔女』といった嘲笑するような投稿がちらほら。
「まっ。これ自体は仕方のない話かもね。アタシとしても、今は捕まらないのが優先だし」
別に売名目的ではないため、そういう意見が増えて来てもまだ無視できる。
とはいえ、全く心痛でないわけでもない。アタシだって、心の中で認められたいという思いはある。
かといって、何か打開策があるのかって話。
結局、アタシはコソコソとしたヒーロー活動を続けていく。
■
「空鳥さん。あなたはこのままでも、本当によろしいのですか?」
「それってどういう意味? 洗居さん?」
そんなある日、清掃の仕事をしている最中に洗居さんからふと声をかけられた。
本日はビルの窓清掃。誰かが聞き耳を立てることもない。
そんな場所だからか、アタシの正体を知る洗居さんはその話題を振って来た。
「空色の魔女の件についてですが、最近はどうにも活動がコソコソしているせいか、ネット上での評判もよろしくありません」
「あぁ、それね。いやー……アタシもちょっと今は、警察に目をつけられてるみたいで……」
「やはり、警察関係のお方との軋みはあるようですね。ここは思い切って、正直に話してみても良いのでは?」
「それがそうもいかないんだよね。前線で警部やってるタケゾーの親父さんが言うには――」
洗居さんはアタシの空色の魔女としての評判を気にかけてくれている。
それはありがたいのだが、これはアタシ個人の問題だ。
洗居さんにも軽く事情を説明して、アタシが置かれている状況を理解してもらう。
「――そのようなことがあったのですか。確かにそれならば、あまり目立つ行動もできませんね」
「そうでしょ~? そうでしょ~? アタシだって、仕方なくこういう形にしてるんだし」
「ですが、本当にそれで良いのかとも私は思います。空鳥さんが悪く言われている様子は、私としても快くありません。いくら売名目的でないとはいえ、何かしらの対策は必要でしょう」
「対策とは言ってもねぇ……」
洗居さんも理解はしてくれたが、どこか不満げな様子だ。
アタシのことを心配してくれるのは分かる。仕事以外の個人的な相談にまでのってくれるなんて、本当にいい上司だ。
それでも、今のアタシにはどうしようもない。
警察にアタシとあの巨大怪鳥が無関係であると証明できれば、まだ話の糸口は見えるのだろうが――
「では対策とは別に、相談相手を増やすというのはいかがでしょうか?」
――そうやってアタシが考え込んでいると、洗居さんが新たな提案をしてくれた。
「相談相手を増やすって……アタシが空色の魔女だってことを、他の人にも話すってこと?」
「その通りです。今は私以外に空鳥さんの正体を知る人もいませんが、他の親しいお方にも話すのです。これは清掃用務員の流儀になりますが、下手に隠し立てするよりは相談した方が楽にもなります」
「根本的な対策じゃなくて、気持ちの問題ってことか。うーん……でも、どうしたもんか……」
洗居さんの言い分も分からなくはない。
これまではアタシも、周囲に正体がバレてあれこれ言われそうなことに怯えていた。
でも、警察も動いているとなると、そう悠長なことも言ってられないのかもしれない。
「不安になることもないと思われます。空鳥さんは別に、悪いことをしているのではありません。玉杉店長や幼馴染のタケゾーさんならば、きっとご理解してくれるでしょう」
「うーん……。確かにあの二人なら、信頼できるけど……」
そんな今のアタシに必要なのは、理解してくれる相談相手なのかもしれない。
玉杉さんはあのツラで中身はいい人だし、タケゾーは言わずもがなのお人好しだ。
タケゾーに関しては心配してアタシに空色の魔女をやめさせそうだけど、そこはアタシもしっかり気持ちを伝えればいい。
――なんだかんだでタケゾーには頼ってばかりだけど、ここは今一度甘えさせてもらおう。
「ところで、空鳥さんが使っているその電動窓拭きブラシ、実に便利そうですね」
「え? ああ。アタシは洗居さんみたいにはいかないからね」
とまあ、アタシの話題も出てきはしたが、今は仕事の最中だ。
こちらはゴンドラに乗りながら、お手製の電動窓拭きブラシで窓を磨いている。
お手製ポリッシャーの原理を応用し、窓拭き用に改良したものだ。
しかも軽量改造型の二刀流。これなら素人のアタシでも、それなりの作業効率を維持できる。
「道具の面については、空鳥さんは流石ですね。私も尊敬します」
「いや、洗居さん程ではないと思うよ?」
それでも、アタシの効率は洗居さんにはとても及ばない。
だってこの人、根本的にとんでもないことしてるもん。
「洗居さん。そんなターザンみたいな方法で窓拭きして、危なくないの?」
「これが私にとっては一番効率的です。安全帯も装備していますし、問題はありません」
洗居さんはさっきから、屋上に繋がれたロープで体を繋ぎ、地に足をつかずに窓拭きを続けている。
しかもロープは屋上から何本か垂らされており、洗居さんは壁を走りながら別のロープへと移っている。
その姿はさながら、森のターザンか蜘蛛の隣人ヒーローか。
確かにあれならば左右への移動も素早い。安全帯のフックもしっかりと取り付けており、落ちる心配もない。
――効率も安全も両立してるのだろうが、こんな風にビルの窓拭きをする人は始めていた。
「アタシも魔女モードになればできるんだけど、流石にそれは無理だよねぇ……」
通常状態のアタシでは、洗居さんのような方法での窓拭きは無理だ。
てか、なんであの人は生身であんなことができるのよ? 前世はファンタジー世界でアサシンでもしてたんじゃない?
そんな疑問さえ浮かぶアタシなど意に介さず、洗居さんはどんどんと窓から窓へロープを使って飛び移っていく。
――超一流の清掃用務員って、やべぇ。
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