第127話 再会③

 スピードが売りのリオにとって、足を痛めたのは致命的だった。悟られぬ様、いつも通り笑みを浮かべるリオの頬を一筋の冷たい汗が流れて行く。


『ナイフは折れて私の足もたぶん折れたかな? 今の状態でどれだけ動ける? 片足でスピードは維持出来るか? でも蹴り技は無理だな』


 痛みを笑みで誤魔化しながら必死に頭を働かせる。


「思わず手を離しちまったじゃねぇか。でもナイフはこれで使えねぇな」


「さぁどうだろうな。更に何かあるのかないのか。てめぇで確かめてみるか?」


 挑発めいた強気なセリフではったりを掛けてみるが実際は八方塞がりだった。ただここまでのやり取りもありゲイグールは警戒を強めている。


『場の膠着は時間稼ぎにもならない。何かないか? 使える手は?』


 リオが必死に思考を巡らせていた時、少し離れた場所にいたアンドレが叫ぶ。


「おい女! こっち見ろよ!」


 アンドレの声に反応してリオが振り返ると、地面に転がるライデルの姿が目に入った。


「ふん、コイツら大した事なかったぜ。女お前動くなよ。少しでも動いたらコイツがどうなるかわかるよな?」


 地面に転がり、意識が朦朧とするライデルの髪を掴み、アンドレがいやらしい笑みを浮かべる。


「くっ、ライデル隊長……」


 苦々しく歯を食いしばるリオの前にゲイグールが笑みを浮かべて立ちはだかった。


「アンドレ暫くは俺一人でやらしてくれ。こいつには相当貸しがあるんだ。お前散々俺の事蹴ってくれたよな?」


「はっ、あまりにも酷い顔面だから整形してやろうかと思ってね」


 更に挑発する様に笑うリオの左腕をゲイグールが左手で掴み無理矢理捻り上げる。左腕を無理やり上げられ少し顔を歪めてよろめくリオをゲイグールが下卑た笑みを浮かべて眺めていた。


「なんだよ? 手でも握ってほしかったのか? 腕が伸びるだろが、離せよクソ野郎」


「いつまでそんな口が叩けるかな?」


 リオが悪態をつくとゲイグールがニヤリと笑った。

 次の瞬間、ゲイグールが右拳を握り締めると、リオの脇腹めがけて突き上げる様に殴った。無防備になったリオの左脇腹に硬く握られた拳がめり込む。


「ぐはっ!」


 左腕を掴まれどうする事も出来ないリオは硬く握られたゲイグールの右拳をまともに受けると苦悶の表情を浮かべる。そのまま脇腹から突き上げるようにゲイグールが拳を振り抜くと脇腹からめり込んだ拳が肋骨まで砕いた。


「ぐあぁぁぁ……」


 あまりの衝撃に吹き飛ばされたリオは地面を転がりのたうち回る。


「へへへ、やっといい声で鳴いたじゃねぇか」


 ゲイグールが倒れているリオの前に立ち、おもむろにリオの頭を掴んで持ち上げると、リオは口から血を流し、虚ろな目をしていた。


「なんとか言えよ。謝罪の言葉を述べて命乞いしてみろよ」


 息も絶え絶えのリオに対してゲイグールが笑いながら迫る。

 武器は無く、片足は骨が折れている。殴られた脇腹は恐らく内蔵まで損傷して肋骨も何本かは砕けた。気が狂いそうな痛みの中、リオはそれでも策を探した。


『痛い、気が遠くなりそうな程痛い。神様とやらがいるならいい加減罰が当たったかな? ロクな人生歩んでないけど、だけどこんな最期はむかつくな。何か探さなきゃ。少し離れた所にユウナがいるけど銃一丁じゃ、片方を仕留められてももう片方にやられる。何か探さなきゃ、何か……!? ははは、マジか……そうか、やっぱり最後はそこに賭けるしかないよな』


「いいぜ、ベットするよ。チップはあたしの命だ」


 虚ろな目をしたままリオが呟きニヤリと笑う。その不気味な笑みにゲイグールは首を傾げた。


「頭おかしくなったか?」


「ふふふ、さっき薬打ったよな? 効果はどれぐらいだ? 相当負担掛かるんだろ?」


 リオが荒い呼吸の中、なんとか言葉を紡ぐ。だがゲイグールは大きく笑った。


「はっはっは、だからどうした? 俺の薬の効果が切れてもそんな体でどうするつもりだ?」


「ぷっ」


 顔を近付けて笑うゲイグールに向けてリオが血を吐いて飛ばす。リオの吐いた血がゲイグールの顔に付くとリオがニヤリと口角を上げた。


「ぶっ殺してやるよ!」


 頭に血がのぼりゲイグールが叫んだ時、ライデルも叫んだ。


「姉ちゃん撃て! こっちだ!」


 突然のライデルの叫びに全員が呆気に取られる中、離れた場所からユウナが狙撃する。ライデルに言われた通りにライデルの横に立っていたアンドレに向かって弾丸が襲うが、アンドレは寸前で躱してみせた。

 しかし僅かに出来た隙をつき、ライデルが走り出すと初めに銃撃で倒れたセントラルボーデンの兵の腰から剣を抜き去った。そのままの勢いで走り、リオの頭を掴むゲイグールの腕目掛けて剣を振り下ろす。


「ぎゃあああ」


 油断していたゲイグールはリオの頭を掴んでいた手ごと切り落とされ、下品な叫び声を上げていた。


「リオ!」


 崩れ落ちるリオをライデルが寸前で抱きかかえる。ライデルの腕に抱かれリオが力無い笑みを浮かべた。


「もうちょい優しく抱いてくれよ、痛いって。女を乱暴に抱くやつは嫌いだよ」


「すまん、次からは気を付けるから」


「あと少し耐えて。そしたら可能性が出てくる」


「OK、任せな。俺は三年前からお前を守るように言われてるんだ」


爽やかな笑顔を見せるライデルにリオも笑みをみせた。

 一方掌を失い、おびただしい出血をしている手首を押さえてゲイグールが憤怒の形相で睨みつけていた。


「てめぇ許さねぇぞ」


「こっちのセリフだ。ウチの姫に触んじゃねぇって言っただろが」


 リオを抱えたままライデルもゲイグールを睨むがゲイグールは既に片足で踏ん張り回し蹴りを放とうとしていた。それを見たライデルは躱す事なくリオを抱えたまま背中を向ける。


 ドン、と鈍い音がしてゲイグールの右足がライデルの右肩辺りにめり込む。それでもライデルは耐え、リオを抱えたまま背中を丸めていた。


「しゃしゃり出てきた割には耐えるだけかよ!」


 背中を向けたライデルにゲイグールが容赦無く攻撃を続ける。ゲイグールのパンチやキックの鈍い衝撃がライデルの体を通してリオにも伝わる。


「ラ、ライデル……」


 思わず呟いたリオだったが、強く抱きしめられていた為ライデルの表情をうかがい知る事は出来なかった。

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