第97話 N.G397年 ラフィン戦争⑱

「ネルソン博士か。なんだ? 嫌味か?」


「はは、まさか。ただウィザードでなくても魔法が使えるようにクリスタルの力に着目し、実際その理論を実現したザクス大佐がまだ悩んでいる事に驚きましてね。私は大佐のおかげで次のステージに移りましたよ。大佐がお使いの力を秘めたクリスタルなんか中々ないので私は魔力を貯められるクリスタルを使う事で様々な兵が魔法を使えるようにしました」


 ネルソン博士と呼ばれた女性は終始ニヤニヤとした笑顔を見せながらずっとザクスに語り掛けていた。その口調は敬語ではあるものの明らかに

高慢な態度であり、自らの研究成果を自慢してるようだった。


「いいですか大佐。そもそも貴方のやり方ではごく限られたエース級の戦力は上げられるかもしれませんが軍全体の戦力アップにはなりません。その点私が開発したクリスタル内蔵バトルスーツはウィザードに魔力を込めてもらえば一般兵でも簡単に魔法が使えるという――」


「ああ、すまないが今メンテナンスの重要な所なんだ、後にしてくれるかな?」


 尚もほっとけばあと一時間は続きそうなネルソンの話をザクスはうんざりした様子で遮る。


「おっと、これは失礼失礼。まぁせいぜい己の能力を上げるだけのバトルスーツを頑張って完成させて下さい。私は次はバトルスーツ無しで誰でも魔法が使えるように実験をしていくので」


「な? 何をするつもりだ!?」


「ふふふ、企業秘密ですよ。そんな簡単に教える訳ないでしょう。では私は忙しいのでこれにて」


 ネルソンはそう言うと不敵な笑みを浮かべて部屋を後にする。

 試行錯誤しながら問題の解決に悩んでいる時にいきなり現れたかと思うと一方的に自慢話を始め、挙句最後は「忙しいので」と言って去って行かれてザクスは一人残された部屋でなんとも言えない怪訝な表情を浮かべていた。


「あら、どうしたの? そんな難しそうな顔して」


 ネルソンと入れ替わるように部屋に入ってきたクリスが首を傾げて不思議そうに問い掛ける。


「いや、まぁ大した事じゃない。少し不可解な事が重なっただけだ」


「ふ~ん、で? 今出て行った人誰? なんか感じ悪く思ったんだけど」


「ああ、その直感は合ってるぞ。彼女はアンナ・ネルソン博士。簡単に説明するとマッドサイエンティストってやつだ。自分の研究にしか興味がない」


 ザクスがやや嫌悪感を含み、吐き捨てるように言うとクリスは少し困った様な笑顔を見せていた。


「なるほどね。それで? まだかかりそう? 私はまだ放置される感じかな?」


 ザクスが研究室に篭って丸二日。満面の笑みで語り掛けるクリスだったがその言葉には僅かに棘がある様にも感じられる。


「い、いや、ちょうど休憩を入れようかと思ってた所だったんだ。クリス外の空気でも吸いに行こうか」


「なんかついでみたいに聞こえますけど? まぁいいわ、一緒に散歩でもしましょう」


 少し納得がいっていないようなクリスを連れてザクスは施設の外に出る。二日ぶりに外に出ると心地よい風が頬を撫でる。固まった関節を伸ばすように伸びをしていると横にいるクリスが微笑みながらこちらを見ていた。


「どうした? 何か面白いか?」


「ふふ、集中するとのめり込んで自分の世界に入るタイプね」


「まぁよく言われるな。どうだ? こっちも少しは慣れたか?」


「ええ、まぁ皆貴方と私の関係を気付いてるから気を使ってるのかもね。じゃないとセントラルボーデンから突然来た女をすんなり受け入れてはくれないと思うし。ある意味貴方の名前に守られてる感じかな」


「そうか、まぁあと暫くの辛抱だろうな……戦争はもうすぐ終わる。そうすれば何のしがらみも無く暮らしていけるはずだ」


 そう言ってザクスは煙草を咥えて火をつけると、クリスは何も言わずに横で微笑み、遠い空を見つめていた。


 数日後、変わらず研究室に篭っていたザクスだったが外の騒がしさに気付き研究室から顔を覗かせる。すると少し先の研究室前に人だかりが出来ており衛兵達が集まっていた。


「ネルソン博士、中止命令が出ている! 速やかに実験を中止して同行するように!」


「ここに来て今更中止とか馬鹿げている! この実験が成功した暁にはウィザードが作り出せるんだぞ!!」


 衛兵が厳しい口調でネルソンに実験の中止を求めるとネルソンは一応従いながらも悪態をつき不満を露わにしていた。ザクスも事の顛末を見届けようと思わず人だかりに近付いて行く。

 その後ネルソンが連行されるような形となり騒動は収まりを見せた。


 その後暫くしてネルソンの解雇が通達されネルソンの研究室は封鎖されデータ等は抹消される事となった。軍から正式な発表等は無かったがネルソンは秘密裏に犯罪者や囚人達を見繕って非人道的な人体実験を繰り返していたようでそれが原因だろうとまことしやかに噂された。

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