第86話 N.G397年 ラフィン戦争⑦

 大人しく暫く待つと上の出口から声が響いた。


「大佐! 大丈夫ですか?」


 ザクスが連れていた部隊がようやく救助に駆け付けたのだ。小隊長はザクスの無事を確認するといくつものロープを繋げて一本の長いロープを作り、ロープを投げ入れる。原始的ではあるが最も確かな救助方法だ。

 まずクリスが登っていき、ザクスが後に続いた。地上にようやく辿り着くと隊員達が安堵の表情を浮かべ迎えている。


「よくぞご無事で」


「ああ、よく来てくれた。我々の事を知らせてくれたセントラルボーデンの兵はどうした?」


「ええ、一応拘束してますが?」


 周りを見渡し、リオの姿が見えない事から不安になったザクスが尋ねると小隊長は当然の事の様に言ってのける。


「な、馬鹿、すぐに拘束を解け! 一応恩人だぞ!」


 ザクスが慌てて兵に命令すると兵は慌てて裏の方へと走って行く。見えなくなってすぐにリオの罵声が聞こえたかと思うと兵の「うぐっ」と言う声にならない様な叫びが聞こえた。


「てめぇらよくも……」

「リオ止めなさい。さてザクス大佐、これから私達をどうするの? 貴方が再戦を選ぶなら私達は全力で迎え撃つわよ」


 悪態をつくリオを制止しクリスが冷静に問い掛けてくる。その表情は先程までのような柔らかい物ではなく、鋭い視線で冷淡な印象を受ける。

 緊張が張り詰め、一瞬の静寂が訪れた。


「リオ……軍曹、兵が先走り失礼した。申し訳ない。クリス中尉、武器も大して持たない君達を我々は脅威とは見なしていない。先程発見、救助の恩もある。我々はここで一旦休憩を取る。休戦状態のまま君達が去るのなら我々はここから動く事もないだろう」


 ザクスが少々大袈裟にリオに頭を下げ、クリスに語り掛けた後、ニヤリと笑って見せる。


「なるほど。こちらもリオが少し失礼したみたいだけど、大目に見てね。じゃあ私達は消えるけど、次に戦場で会ったらこうもいかないから……色んな意味で会いたくはないけどね」


 少し表情を崩しクリスがその場を去ろうと振り返った時、少し離れた所にいた通信兵が慌てて駆け寄って来た。


「大佐、大変です! ヴェルザード少佐より連絡がありマーヴェリック大佐がダムを……」


 そこまで口にしてクリス達がいる事に気付いた通信兵は口を噤む。本来機密事項である情報をセントラルボーデン軍である二人に聞かれてしまったからだ。しかしそこまで聞いてしまってはクリス達を含めたその場にいる全員がその後に続く言葉を連想して怪訝な表情を浮かべている。


「ふぅ、そこまで聞かれて今更隠しても仕方ないだろう。ダムがどうした?」


「は、はい。マーヴェリック大佐がダムに爆薬を仕掛けているようです。どうやらマーヴェリック大佐の秘策とはダム爆破と思われる、との事です」


 国内最大級のダムを爆破すればどうなるか、誰が考えてもその結果は明白である。ラングレーに押し寄せたセントラルボーデン軍は一気に押し流されるだろう。しかしそれはラングレーの街も押し流される事になり、軽く考えても数十万人の犠牲者が出る事は容易に想像出来た。


「あんたらセントラルボーデンの事散々言っといて、自分達のしてる事は何なんだよ?」


「な、これはマーヴェリック大佐が勝手にやってる事で、我々は……」

「お前達がセントラルボーデンに難癖付けてきた事も私達一人一人がしてる事じゃなくて……」


 リオと部下達が互いの思いをぶつけ、気持ちを昂らせていく。徐々に互いが興奮していくのをザクスが頭を抱えながら制止する。


「わかったから今は落ち着け。リオ軍曹、批判は甘んじて受けよう。しかし今はマーヴェリックの愚行を止めるのが先だ」


「同じ意見よ。リオ、少し落ち着きなさい。それでザクス大佐、何か名案は?」


 ザクスの意見にクリスが同意する事で互いの部下を落ち着ける。クリスがザクスに丁寧に尋ねるとザクスは情報を整理しようと言ってヴェルザードから得た情報を元に今わかっている事を並べていく。


「恐らくマーヴェリックはセントラルボーデン軍の動きをある程度把握しているのだろう。その上で最も効果的な場面でダムの爆破を計画しているに違いない。ヴェルザードの予想ではその場面は地図上でこのXの地点にセントラルボーデン軍が差し掛かった時ではないかという事だが」


 ザクスが地図を広げながら皆の前で指でさしながら説明をする。するとクリスも声を上げる。


「私が聞いていた作戦通りなら既に軍は点在する部隊と合流を始めている頃ね。その地点Xに到達するのは恐らく一時間から二時間後ぐらいなはず」


「じゃあ後一時間以内に爆破を止めなくちゃならない訳だが、マーヴェリックを説得するのはまず無理だろうし、セントラルボーデン軍の進行を遅らせる事は出来ないか?」


 ザクスがクリスの方を振り返り意見を求めたが、クリスは目を閉じ、首を横に振る。


「無理よ。私にそんな権限はないし、私が事情を説明した所で簡単に信用してもらえるとも思わない。仮に信用してもらえるとしても、私が話して上で話し合って、ってしてる内に地点Xに到達してるわよ。それにもしセントラルボーデン軍の進行を止めるような事になったら、それはそれでマーヴェリックって奴の狙い通りになる訳でしょ? 納得は出来ないわ」


 クリスの言う事は最もだった。セントラルボーデン軍を止めるには時間があまりにも無さ過ぎるし、マーヴェリックの思惑通りになり問題の解決にはならない。


 わかってはいたがやはり自分達でなんとかしなければならないとザクスは覚悟し、頭の片隅にあった作戦を皆に話す事にする。

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