第84話 N.G397年 ラフィン戦争⑤
「貴女は引きなさい。あの男は私が何とかするから」
駆け付けた女性兵が傍らに立つスナイパーに声を掛ける。
「おいおい、簡単に逃がすと思うか? 二対一でも俺が有利だと思ってるんだが」
「あら随分な自信ね。私はクリスティーナ・ローレル中尉よ。あまり舐めないでね、黒い死神さん」
そう言って微笑んだかと思うとクリスティーナが一気に距離を詰め、ザクスの眼前まで迫ると手にした剣を下から一気に振り上げた。
そのスピードに面食らったザクスだったがなんとか上体を仰け反らして躱してみせる。
しかし見渡すとスナイパーの姿はなくザクスとクリスティーナだけが崖上に残っていた。
「へぇ、あの状態から無傷で躱すのは流石だけど、え? 二対一でも貴方が有利なんだっけ?」
「はは、前言撤回だ。強えなおい」
微笑むクリスティーナの強さをザクスは素直に認めた。
再び静かに対峙する二人の間に緊張が張り詰める。僅かにジリジリとすり足で進むクリスティーナ。
『スピードでは下手したら向こうの方が上か? だったらこっちはクリスタルの力を試すか』
待ち構えるザクスが静かに手を前に伸ばす。その不思議な動きにクリスティーナは足を止め怪訝な表情を見せた。するとザクスの指先に光が集束していく。
『
ザクスの指先に集まった光が正に矢の如くクリスティーナに襲いかかる。
しかしこれを僅かなステップで軽やかに躱すと一気に距離を詰めにかかった。ソルジャーであるザクスが魔法を使ってきた事には驚いたが弾丸さえ躱すクリスティーナにとってこの距離で真っ直ぐ飛んで来る魔法を躱す事はさほど難しい事ではなかった。
一気に詰めたクリスティーナは今度は剣で突きにくる。
これをザクスは払うように片手で受け流して逆に背後に回り銃を構えた。
しかし引き金を引く前にクリスティーナに蹴り上げられ、虚しく銃声だけが辺りに響く。
スピード、体捌き、共にほぼ互角。ならばとばかりに次はザクスが距離を詰め力勝負に持ち込もうとするがクリスティーナに上手くいなされて再び元の距離に戻った。
「ふぅ、柄にもなく無理やり押し込もうとしたのに結局駄目か」
「私、強引な男嫌いなの」
ザクスが息を整えるとクリスティーナも呼吸を整えていた。
「じゃあスマートに行ってみようか」
そう言ってザクスが再び指を立てて前に伸ばすと光が収束しだす。
「またその魔法? また躱すだけよ」
「そうかい」
クリスティーナが余裕の笑みを見せるとザクスも笑った。光が収束して行くが次は一箇所ではなくザクスの眼前に六個の光源が出来上がっていく。
「ちょっと、聞いてないんだけど」
クリスティーナは驚きの表情を見せた後苦笑いを浮かべている。
「躱すんだろ?『
六個の光源から光の矢が放たれる。瞬時に全てを躱しきるのは無理と判断したクリスティーナは幾つか躱した後、防御を整えた。一本は分厚くなっている手の甲で弾くが更に一本が右肩を直撃する。
「くっ!」
その事によりバランスを崩したクリスティーナにザクスが迫る。距離を詰め、剣を横一線薙にきたのだ。
タイミング的に後ろには躱せない。躱すとしたら身をかがめるしかないだろう。彼女のスピードなら恐らく躱す、そう読んでいたザクスは膝での迎撃準備もしていた。
しかしクリスティーナは自らの首に迫る剣をものともせず躱すどころか更に踏み込んできた。
結局刀身で捉える事は出来ず剣を握った拳でクリスティーナの側頭部を殴るような形になる。
当然クリスティアーナは側頭部もしっかりガードした上で踏み込み、尚且つ突き出した肘がザクスの胸の辺りにめり込んでいた。
「くそっ!!」
互いにバランスを崩し、そのままクリスティーナが押し込んで行く。ザクスが踏ん張ろうとした時、二人ほぼ同時に気付いた。
ここは崖上であり今自分達はその
だが気付くと同時に足元は脆くも崩れ去る。二人
「まずい!!」
二人揃って叫んだが転がり落ちる勢いに抗う事は出来ず、そのまま大きく開いた大地の割れ目に二人共飲み込まれていく。
そのまま落ちて行く二人を待ち構えていたのは地底湖だった。二人は仲良くそのまま着水し、ザクスがもがきながら水面に顔を出し周りを確認するとそこは巨大な地下空間である事に気付いた。
「どれぐらい落ちた? ん? あの女は?」
周りを見渡していたザクスがクリスティーナがいない事に気付く。数秒待ち、浮上してくる気配もない為今一度地底湖に潜ってみる。すると意識を失い水中を漂うクリスティーナを発見した。
ザクスはクリスティーナを抱きしめると一気に浮上し湖になっていない部分まで連れて行き、引き上げた。一応呼吸を確認するとしっかりと呼吸はしているようだ。
「ふぅ、人工呼吸はしなくて済みそうだ。もしそんな事したらこの女、後で文句言いそうだしな。それより何処だここ?」
水浸しになり周りを見渡しザクスは途方に暮れていた。
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