第79話 記念式典④
フィリップが得意気に語った内容に衝撃を受けたセシルは暫し硬直していた。
「え? な、何を言ってるんです? そんな筈ないでしょう。だってザクス・グルーバー大佐って言ったら確か……」
セシルが尚も抵抗するように否定しようとしたがすかさずフィリップが言葉を被せる。
「そう、ザクス・グルーバー大佐は最終決戦でMIA(戦時行方不明者)と登録されている。だが実際はルカニード王国でフェリクス・シーガーとして生きてる。奴は我々があえて見逃してやってるのさ」
そんな筈はない。そう言って否定したかったセシルだったが戸惑い言葉に窮してしまう。それは衝撃を受けたからだけではない。これまでのやり取りでフェリクスが何か隠してる様な気はしていた。しかし人には聞かれたくない過去も少しぐらいあるだろう。いずれ話してくれたらいい。そう思っていたのだ。
だがその隠し事がこれほど大きな物だとしたら、フィリップが今言った事が真実なら自分はどうしたらいいのか? セシルの頭の中は既にパンク寸前まで追い込まれていた。
「セシル、君の知らない事をまだまだ教えてあげるよ。これから私の部屋で酒でも……」
「今日はお酒飲み過ぎた様なので部屋に戻ります。ありがとうございました。だいぶ回ってる様なので誰も部屋に近付かないようお願いします」
フィリップの誘いを愛想も何も無く遮ったセシルは足早にその場を去る。
一人足早に部屋に戻ったセシルは、そのままの勢いでベッドに倒れ込み、そして一人頭を抱えながら静かに考え込んだ。
全く考えがまとまらない中、セシルのタブレットから軽快な電子音が響く。
手に取り確認するとフェリクスからのメッセージだ。
『さっきのバルコニーで待ってる』
恐らく十分前の自分なら部屋を飛び出していただろう。しかし今はすぐには動けなかった。
『少し待ってて』
愛想の無い短文を送った後、セシルはタブレットを投げ捨てた。
会いたくない訳じゃない。寧ろ会って話がしたい。だがフィリップの言う事が本当なら……。
「……一人で考えても仕方ないよね。わかってるけど……」
そう呟き体を起こすと、その後大きなため息をつき、ゆっくりと部屋を出て行く。
セシルが重い足取りで約束のバルコニーへやって来ると、フェリクスが手すりに身を預ける様にして立っていた。
「ごめん、お待たせ」
今出来る精一杯の笑顔をセシルは見せたが普段とは全く違う儚い笑顔にフェリクスは少し戸惑い、そして覚悟した。
「……それ程待ってないよ。情けない姿見せてしまったな……何か聞いたかい?」
「……ええ、そうね。それが笑えてくるぐらいおかしな作り話でさ。フェリクスの事をラフィン共和国のザクス・グルーバー大佐だとか言いだすのよ。私、頭きてさ、否定しようとするんだけど……なんでかな? 言葉が出て来なくて……」
少し俯き普段通りに話そうとするが時折声を詰まらせながら語るセシルは僅かに肩を震わせていた。
「……セシル、それは……」
「来ないで!!」
思わず歩み寄ろうとしたフェリクスに対してセシルが叫ぶ。突然の拒否にフェリクスは立ち止まるしかなかった。
「……貴方は誰なの? あいつらの言ってた事は本当なの? 貴方が否定してくれたら私はすぐに貴方の胸に飛び込んで行けるのに……私の頭の中はもうぐちゃぐちゃよ!」
「…………」
変わらず俯き肩を震わせているセシルの質問にフェリクスは答える事が出来ずに立ち尽くす。
「答えてよ!! 貴方は何処の誰なの!?」
激情に駆られて叫んだセシルの瞳は今にも涙が溢れ出しそうな程潤んでいた。
「……俺は……奴らの言う通りだ。俺はフェリクス・シーガーじゃない。ザクス・グルーバー。かつて『黒い死神』と呼ばれていた男だ」
フェリクスが意を決したかのように全てを認めると、セシルがつかつかと歩み寄った。
次の瞬間乾いた打撃音が響き渡ると同時にフェリクスの顔に激しい痛みが走り横に弾かれる。
フェリクスが一歩二歩よろめくとセシルも振り抜いた自らの右手を押さえ一瞬顔をしかめていた。
「……最低」
怒りを露わにするセシルの頬を一筋の涙が流れて行く。
フェリクスは叩かれた左頬を押さえながら何も言えずにに立ち尽くす。
セシルも無言のまま踵を返し、来た道を戻っ行く。
「セシル……」
「軽々しく私の名前呼ばないで」
振り返りフェリクスを一瞥した後、セシルは立ち去り、一人残されたフェリクスは夜空を見上げていた。
そのまま煙草を取り出すと口に咥える。しかし咥えた煙草に火をつける事無く再びポケットにしまい、大きくため息をつく。
「厄日だな……いや良い事もあるにはあったか」
一人呟きながらフェリクスは唇を噛んだ。
一方部屋に戻ったセシルは髪を解き再び勢いよくベッドに倒れ込んだ。
「くそっ。何なの本当に」
セシルは悔しそうに横にあった枕を叩く。しかし一発叩いた位では気が晴れないのか、その後何度も何度も叩き、そして最後は枕を手に取ると明後日の方向へと投げ捨てた。
その後再びベッドに倒れ込むと手で顔を覆い、突然電池が切れたかのように静かになった。
どれ程そうしていただろうか。暫くすると思い立ったかの様に起き上がると鏡を覗き込む。
「酷い顔……初めてね、こんなに感情が暴れたの」
そう呟き、鏡を覗き込むと目と鼻を真っ赤にし、涙で化粧もボロボロになった
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