第78話 記念式典③
セシルと別れて暫くは過去を振り返りながら自問自答をしていたフェリクスだったがキリがないと思い、程なくしてパーティー会場へと舞い戻る。
『暫く大人しくしといて、頃合を見て部屋に戻るか』そんな事を考えていると初老の男性がお供を連れ添ってフェリクスの前に立った。
「失礼。フェリクス・シーガー大尉でお間違いないかな?」
「ええ、そうです」
目を細めながらニヤニヤと口角を上げている男性の様を見て、フェリクスは愛想笑いで返す。
『遂に現れたか』フェリクスはそう思いながらも平静を装っていた。
「私はセントラルボーデンの外務大臣でな、軍でも将軍達の次のポストに就いておる。せっかく我々の方から挨拶に来てやってるんだ、もう少し愛想良くしたまえ。君は立場という物がわかっとらんのかな?」
にこやかな表情のまま、圧倒的で高圧的な物言いをしてくる大臣に対してフェリクスは何も言わずに笑みを浮かべていた。
「ふん、お前達は我々に生かされているという事を忘れるなよ」
蔑んだ目でフェリクスを見た後、捨て台詞を吐いて大臣は再びお供を連れ添って去って行った。
『ふっ、この程度で済んだか』
フェリクスは俯き僅かに笑った後、密かに胸を撫で下ろす。
「ちょっと大丈夫?」
その声に驚き振り返るとセシルが少し心配そうにこちらを覗き込んでいた。
自国の大臣がフェリクスに対して横柄な態度を取っていると思い心配し小声で声を掛けてきたのだ。
「ああ、大丈夫だから、ありがとう」
「おや? セシルの知り合いか何かかな?」
フェリクスが片目を閉じながら小さく礼を言うと、すぐにフィリップが間に入ってきた。
「……!! こちら私の友人のフェリクス・シーガー特務大尉です。フェリクス、この方が私の上官にあたるフィリップ中佐よ」
セシルが一瞬眉根を寄せたがすぐに真顔に戻り、淡々とお互いを紹介する。
しかしその紹介を聞いてフィリップ中佐は含み笑いを見せた。
「君が……? ふははは、君がフェリクス・シーガー大尉か。くくく……いやいや、これは失礼。セシルとどういう知り合いかは知らないがあまり周りをチョロチョロしないでもらいたいな」
見下したかの様に笑うフィリップ中佐に対してフェリクスはギリっと奥歯を噛みながら視線を切り、俯いていた。
「中佐……いくら何でも私の友人に対して失礼ではないですか? いくら貴方が上官でも……」
拳を握り締めながらセシルがフィリップに向かって抗議する。その口調は努めて丁寧ではあったが、その目つきや表情からは怒りが滲み出ている。
「はっはっは。まぁいいじゃないか。なぁ大佐。いや特務大尉だったか。まぁどっちでもいいんだが……ああ、そうだ。また今度私とセシルのパーティーにご招待しよう。セシルの友人なんだろ?」
「……中佐、いい加減にして下さい。何故貴方と私がパーティーを主催するんですか? お酒の席とはいえ、聞き捨てなりません」
まさに人を馬鹿した様に笑うフィリップにセシルは握った拳を小刻みに震わせながら詰め寄っている。セシルの我慢はもう限界を超えそうになっていた。
「まぁいいだろう。大尉殿、あまり我々の邪魔はしないでもらおうか。さぁセシル来たまえ。我々はそろそろ引き上げるとしよう」
フィリップは嘲笑した後、セシルに呼び掛け出口に向かって歩き出した。
セシルは歩いて行くフィリップの後ろ姿に刺すような視線を送っていると、フェリクスが口を開く。「セシル行ってくれ」と。
セシルがフェリクスの方へ視線をやるが俯き微動だにしない為、セシルにはその表情を窺い知る事は出来なかった。
フェリクスの事が気になったが仕方なくセシルはフィリップに続き会場を後にする。
「フィリップ中佐。いくら何でも酷過ぎます。あれでは……」
「セシル。君は彼の正体を知っているのかね?」
会場を出て暫く歩いた所でセシルがもう一度抗議しようとするとフィリップが遮り質問してくる。含みを持たすその質問に思わず言葉が出て来ない。
「その
「そこまで言うのなら教えてもらえますか?」
フィリップの勿体ぶった態度に業を煮やしたセシルは少し強い口調で問う。
「まぁ我が軍の上層部なら皆知ってる様な事だしいいだろう。奴の本当の名はフェリクス・シーガーなどではない。奴の正体はラフィン共和国、元第十四独立機動隊をまとめていたザクス・グルーバー大佐さ。三年前のラフィン戦争で『ラフィンの黒い死神』と呼ばれた男だよ」
予想だにしていなかった答えにセシルは硬直し言葉を失った。
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