第75話 憂い②

 それから数日が経った七月某日。夜、自宅に戻ったフェリクスは自らのタブレットにメッセージが届いている事に気付く。すぐに確認すると送り主はセシルだ。


『お疲れ様。仕事忙しいかな? 少し話したいなって思ったので落ち着いたら連絡してね』


 メッセージを読んだフェリクスはすぐに電話を掛けると、すぐにセシルが電話に出た。


「あ、電話くれたんだ。私からかけようかと思ってたのに」


「いや、メッセージでやり取りするより直接電話した方が早いかなと思って。仕事帰って来た所だから髪がボサボサなんだ。だから音声通話でもいいかな?」


「はは、私も帰って来て部屋でぐったりしてたからそれでいいよ」


 心なしかセシルの声が明るく弾んでいる様に聞こえたがフェリクスは努めて冷静に返していた。暫くは二人で他愛もない事を話していたのだが、セシルが急にかしこまった様にトーンを一つ落として問い掛けてくる。


「あのさ、一つ気になってた事があるんだけど聞いてもいい?」


「え、ああ、なんだ? ははは、怖いな」

 

 そう言って笑ってはみたが、実際は頭の中を思考が駆け巡っていた。


「ずっと気になってたんだけど、フェリクスの仕事って軍関係だよね? その……どんな立ち位置なのかなって」


「そう言えば言ってなかったな。確かに軍関係だけど技術士官さ。前線に立ってガンガン行く訳じゃなくて、バトルスーツの開発、改良なんかをしてるんだ。最近は全然仕事してないけどな」


 フェリクスがやや自虐的に笑うとセシルが溜息を吐いた。


「そっか、じゃあ今度ルカニードである記念式典には出席したりしないの? 実は私参加しなくちゃいけなくなってさ、フェリクスと偶然会ったらどんな顔したらいいかな、とか考えてたの」


「はは……え? セシル式典に参加するのか!? 何でまた急に?」


 セシルが式典に参加するという予想していなかった展開にフェリクスは思わず声を上ずらせた。記念式典には世界各国が参加するが、それは各国のトップや代表が参加する事が殆どであり、その為セシルが参加するなど予想もしていなかったのだ。


「まぁ参加するって言っても警備担当だけどね。ほらウチ、最近新しいリーダーになったからさ、その警護」


「ああ、そのニュースならこっちでも話題になってたよ。なんか色々あったんだろ?」


「まぁそうなのよ。あまり詳しくは言えないんだけど」


「はは、そっか。そりゃそうだよな。お互い仕事の話はあまりしないでおこうか」


 そう言って二人共笑っていたが少し微妙な空気になってしまう。互いが他国の軍関係者。その事実が二人に重くのしかかる。


「まぁ、それでその……式典の次の日って忙しかったりする? 折角だから時間が合えばご飯ぐらいどうかなって」


「次の日か……確約出来ないんだけど出来るだけ空けるようにするよ。式典の方も少し顔出すように言われてるからそれ次第な所もあるんだけど」


「あ、フェリクスも参加するんだ? 見かけたら密かに手、振ろうかな」


「俺はいいけど見つかったらセシルは怒られるんじゃないか?」


 子供の様に無邪気に笑うセシルをフェリクスが笑いながら窘める。それでも二人は楽しく笑いあっていた。今はくだらない事で笑うぐらいでいい。

 二人の関係はきっと脆くて、繊細で、些細な事で簡単に崩れ去ってしまうような危うい関係。何よりも互いに知らない事ばかり。今はまだ踏み込めない。何処に地雷があるのかもわからないのだから。


 翌日、フェリクスはルカニード軍本部にある自身の部屋で椅子に座り遠くを見つめながらコーヒーを飲んでいた。


「あら、どうしました? 壁に何か付いてますか?」


 横にリオが来て皮肉めいた冗談を口にするがフェリクスは僅かに苦笑しただけで再び遠い目をしていた。


「……ふぅ、大尉。失礼します」


 リオが一瞬目を伏せたかと思うとフェリクスの方へと向き直り敬礼をする。普段からマイペースでふざけた言動の多いリオが真剣な表情でこちらを向くのでフェリクスも自然とリオと向き合った。


「私達は大尉が歩まれる道をついて行くつもりです。いにしえより使い古された例えですが、それが茨の道でも、道無き道でもです。ですが大尉が歩き出してくれなければ私達はどうしようもありません……ずっと立ち止まっているんです。私達が無理やり動かしても意味がありません。私達ではきっかけを作る事ぐらいしか出来ないのです。決めるのは貴方です……大佐」


 リオは綺麗な敬礼をしたまま優しい笑みを浮かべていた。


「……リオ、いつもすまない。まだ俺の中で整理がつかないんだ。現在いまの事も、過去の事も」


 フェリクスはそう言って椅子にもたれ掛かる様に天井を見上げる。

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