第74話 憂い
ルカニード王国より帰国したセシルは更に数日休んだ後、魔法兵団を束ねるアイリーン・テイラー大佐に呼び出されていた。
「よく来ましたセシル・ローリエ。その後体の調子はどうですか?」
「はい、お陰様で腕の方は動かしても殆ど問題無くなりました。しかし魔力の方は依然本調子には程遠いのが現状です」
口調は丁寧でも圧倒的な威圧感を放つアイリーンを前にセシルは気圧されそうになりながらもしっかりとした口調で報告していた。
「そうですか。今は焦らずしっかりと治療しなさい。それより今日貴女を呼んだのは私ではありません」
そう言ってアイリーンが奥を見て合図すると、奥から一人の男が姿を現した。
「やぁ、セシル少尉。体の調子が良くないみたいだね。大切な身体なんだ、あまり無理してはいけないよ」
「……フィリップ中佐」
一瞬セシルは眉をひそめたがすぐに表情を引き締めた。
フィリップ中佐と呼ばれたその男は30代前半、身長は恐らく170cm~175cm中肉中背といった感じだ。くりんくりんの茶色い頭髪を指で遊ばせながら、その青い瞳はじっとセシルを見つめていた。
「さて、セシル少尉。今大佐がおっしゃられたように君を呼んだのは私だ。近く新世紀四百周年記念式典がルカニード王国であるのは君も知っているね? その式典に就任したばかりのルーシェル元帥が出席されるのでその警備として私と一緒に出席してもらう」
「……お言葉ですが中佐。私は先程も申しました通り魔力の回復が遅れております。私なんかより他の者の方が適任ではないかと」
一瞬ルカニードに行けるという事も頭をよぎったが、嫌悪感の方が勝りすぐにセシルは否定的な言葉を口にする。
「はっはっは。魔力なんかどうでもいいさ。護衛なんかは建前だ。記念式典には各国の首席や王、様々な有力者が来るんだ。君は私の横でその方達に挨拶をしながら顔を売っておけばいいんだよ。私がしっかり紹介してあげるから君は何も心配する事はない」
フィリップはいやらしい含み笑いを見せながらセシルに舐める様な視線を向けていた。
背中に走る悪寒を我慢しながらセシルは毅然とした視線を放つ。
「その様な場に私のような新米将校はやはり場違いに思います。セントラルボーデンの品位にも関わりますのでやはり私は……」
「セシル。これは私からの命令です。フィリップ中佐と共にルーシェル元帥の護衛に就くのです。向こうで貴女がどう振る舞おうと自由ですが式典への出席は任務とします。いいですね?」
セシルが毅然とした態度で再び拒否しようとすると、アイリーンが有無を言わさず横から口を挟んだ。
「はっ!了解しました」
即座にセシルは反応し力強い敬礼をする。
「良し、いい子だ。セシルこれから私と……」
「では訓練があるので失礼します!!」
フィリップがにこやかに声を掛けようとすると、セシルはすぐに踵を返して歩きだした。
「おい、何処に行くんだセシル?」
「ルーシェル元帥就任から初めての大舞台。しっかりと護衛の任を果たす為に一秒も無駄にしたくありません。ですので演習場で訓練してまいります。失礼します」
フィリップに鋭い視線を向けた後、セシルはすぐに部屋を後にした。
「ふっふっふ。あれは中々に気の強い子だな」
アイリーンが笑いながらフィリップに語り掛けた。
「あの美貌に気の強さがいいんです。自分の役割ってやつを教えてやらなければいけませんね。まぁ私がゆっくり教えてやりますよ。どう足掻こうと、もうその流れには抗えないという事を」
フィリップは卑下た笑みを浮かべていた。
「くそっ! くそっ! くそが!!」
演習場に着くなりセシルは携えていた剣を抜き乱雑に振り回していた。
「死ねー『
「消えろー『
更に的になる木々に魔法を連続で放つと、ふらつきながら膝をつく。
「はぁ、はぁ、何よ……何でこんな初級魔法で私は膝ついてんのよ!? まだこんなもんで終わらせるかぁ!!」
そう言って立ち上がり腕を振り上げると小さな竜巻が起こり的となる木を飲み込んだ。
更に腰に携帯していた銃を抜くと即座に乱射しては弾を撃ち尽くす。
「はぁ、はぁ、はぁ、何が『私が紹介してあげるから』だ。何が『良い子だ』だ……誰に言ってんのよぉぉぉ!!」
更に銃のマガジンを装填すると再び乱射しながらセシルは叫んでいた。
辺りには銃声とセシルの叫びが響き渡る。近くで演習している者もいたが髪を振り乱しながら出鱈目に乱射を繰り返すセシルに声を掛けられる者などいなかった。
「はぁ、はぁ……駄目。全然駄目。全然スッキリしない……なんか目眩もするし、とりあえず部屋に戻ってシャワー浴びよう」
セシルは頭を押えながらふらつく足取りで部屋へと戻って行く。
近くで見ていた者はほっと胸を撫で下ろしていた。
自室でシャワーを浴び終えたセシルは髪を乾かす事もせず、ベッドに腰掛けていた。
『飲まなきゃやってられないけど、今から用意して出掛けるのも面倒くさいか』
そう思い、冷蔵庫に行くと缶ビールを片手に戻り、次は一人掛けの椅子に座った。
『アデル誘って飲みに行こうかとも思ったけど今日は迷惑かけそうだしな』
そんな事を考えながら僅かに微笑んだ後、開けたビールを一口飲む。心地良い炭酸の喉越しに顔がほころんだ。
「ふぅ。それに……なんか抵抗あるしね」
そう呟きもう一口ビールを飲むと一人タブレットの画面を見ながら思いを馳せていた。その画面には大きな滝をバックに、少し俯き照れくさそうに笑みを浮かべるフェリクスと楽しそうに笑っているセシルが映し出されていた。
「別に他の男と二人で飲みに行ったっていいんだろうけど……別に特別な関係じゃないんだし……今頃何してんのかな?」
憂いを帯びた瞳で画面を見つめながら呟く独り言が虚しく部屋に響いていた。
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