第72話 ルカニード王国での出会い⑤
「さすがにちょっと暑いや。ごめんね、あんまり見せたくないんだけどちょっと限界」
再び街中の公園のベンチに腰掛けると、眉根を寄せて少し困った様な顔をした後、セシルは羽織っていた上着を脱いだ。
するとタンクトップ姿のセシルの腕が露になり、右腕は包帯が巻かれ両腕の傷跡も露になる。
「ごめんね、痛々しいでしょ? まだ治りきってなくてさ。薄手の長袖とかにしとけば良かったかな?」
変わらず眉根を寄せて笑みを向けてくるセシルにフェリクスは優しく笑っていた。
「セシルが気にするなら仕方ないけど俺は気にならないよ」
「本当? なら良かったけど……ねぇ、昨日聞きそびれた事聞いてもいい?」
セシルは破顔したまま覗き込む様にフェリクスの方を見つめていた。
このタイミングでそんな仕草で言われては『いや、聞かないでくれ』などと言えるはずもなく、フェリクスは笑顔で首を傾げるしかなかった。
「……リオさんとは一体どういう関係? 私の事、なんて聞いてた?」
「ん? リオか? リオは簡単に言えば部下だ。リオからは『ちょっと久し振りに男の人とちゃんとしたデートがしたいって言ってる子がいてね、最近デートとかしてないでしょ? だから良かったらデートしてきませんか?』って言われてね」
「……ま、まぁ男の人と二人で出掛けるの久し振りだから間違っちゃいないんだけど……」
そう言いながらセシルは眉をピクピクとひくつかせて苦笑いを浮かべていた。
ただ気になっていた事も当たっていた。セシルはリオを軍関係者だと思っているが、フェリクスとリオが上司と部下ならフェリクスも軍関係者という事になる。
セントラルボーデンとルカニードは敵対関係ではないが友好国という訳でもない。お互いの立場を考えた時、これ以上仲を深めるべきではないのかもしれない。
セシルがそんな事を考えているとフェリクスが不思議そうな顔で見つめていた。
「……怖い顔してどうした? 何か怒らせた?」
「あ、いや、違う違う! その……確かにデート久し振りだなぁって、あっ、でも別に前の男思い出してるとかじゃなくて……」
セシルが慌てて取り繕うのをフェリクスは穏やかな笑みを浮かべ見つめている。セシルはその場を笑ってなんとか凌いでいた。
その後二人はショッピングを再開する。先程神妙な表情を見せていたセシルも再び明るい笑顔で笑っていた。
限られた時間はすぐに過ぎ去り、帰りの時間が迫ってくるとセシルはルカニードの名産を物色し始める。すると手作りと思われる小さな紅い水晶が付いたブレスレットを手に取り眺めていた。
「これなんか良くない?」
セシルがそのブレスレットを持ち、フェリクスに問い掛ける。
「あ、いいかもな。水晶はルカニードの名産だし、昔から『石には不思議な力が宿る』とか言われてたりもするし」
「そっかぁ……水晶、クリスタルとも言うよねぇ……この水晶は良い水晶だといいなぁ」
セシルはブレスレットの水晶を見つめながら呟いた。その瞳は水晶を見ている様で遠くを見つめ、先の戦いでの事を思い出していた。
しかしフェリクスはそんな事など知る由もなく少し不思議そうにセシルの仕草を見つめている。
「お客様、そちらに付いてる紅い水晶はローズクォーツと言いまして石言葉は『真実の愛』です。お客様にお似合いかと思いますよ」
セシルがブレスレットを手にしていると女性店員がにこやかに話し掛けてくる。
「へぇ、石言葉とかあるんだ。赤い色が綺麗だなって思ってたんだけど」
「それは誰かにあげるやつかな?」
少しうっとりとした目でブレスレットを見つめるセシルにフェリクスが問い掛ける。
「え? ああ、ううん。自分用。何か記念になるやつ欲しいなぁって思って。どう? おかしくない?」
そう言ってセシルはブレスレットを着けて満面の笑みをフェリクスに向ける。その顔を見てフェリクスは静かに笑みを浮かべた。
「それでいいなら記念にプレゼントさせてもらうよ。値段もそれ程じゃないんだし」
「ふふふ、ありがとう。あざとかった?」
セシルの問い掛けにフェリクスは答える事はなく、優しく微笑んでいる。
暫くするとセシルが帰る時間となり、高速鉄道のホームに二人は立っていた。
「ふふふ、遠距離恋愛とかしてるカップルってこんな感じなのかな?」
セシルが笑ってなんとなく言った言葉だったがフェリクスは戸惑った表情を見せていた。
「あ、ごめん! 違うの、変な意味じゃなくて、その……頭に浮かんだ事をつい口走っちゃっただけだから、深い意味はないんだよ」
慌てて取り繕うセシルを見てフェリクスは笑い、続けてセシルも笑っていた。
その後、セシルが高速鉄道に乗り込むと二人は笑顔で別れた。セシルを乗せて去り行く高速鉄道をフェリクスは見送り立ち尽くしていた。
その後一人になったフェリクスは徐に電話を掛ける。
「はい、どうしました?」
「今セシルと別れたんだが、国王の件どうだった?」
「周りにいる奴らに物凄く文句言われましたよ。とりあえず手が空いたら連絡しろって」
「……面倒くさそうだな。リオ連絡しといてくれないか?」
「私は嫌ですよ。自分で連絡して下さい」
そう言ってリオに電話を切られ、フェリクスは更に暫く立ち尽くしていた。
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