第66話 第一章 エピローグ②
「……!? あっ、いらっしゃい。片手怪我してるのに気付かなくてごめんね」
右腕を吊って左手で荷物を持つセシルを見て女性が駆け寄って来る。
「あ、いえ、大丈夫です。あの……」
「まぁ、空いてるから好きな所に座って」
セシルが何か言おうとしたが女性の声に遮られ、愛想笑いをしながら仕方なく近くの席に座る事にする。
「それで? ご注文は?」
「えっと、ミルクティーで」
セシルが注文を済ますと女性は笑顔で支度を始める。ホログラムで見た面影からも恐らく彼女がミア・シュタットであろう。そうは思うが話し掛けるタイミングを逸してしまった。
セシルが仕方なく携帯タブレットを片手に手持ち無沙汰にしているとミルクティーが運ばれて来る。
「どうぞ。この辺の人じゃないね? 珍しいね、旅行かい?」
女性はミルクティーをテーブルまで運んで来ると、セシルの方を見ながらにこやかに語り掛けてくる。
「ええ、まぁそんな所です」
「あんた綺麗な身なりしてるから気を付けた方がいいよ。この辺変な奴らも
「ああ、ありがとうございます。でも多分大丈夫です。私軍関係者ですし護身用の銃も持ってるんで」
女性はセシルの軍関係者という発言に僅かに眉をピクリとさせると、「そうかい」と言い残し店の奥にあるカウンターの方へと姿を消した。
暫し静かな時間の中、運ばれて来たミルクティーを口にしていたセシルが店の奥に呼び掛ける。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
「はいよ……何か?」
セシルの呼び掛けに応じて女性が奥から顔を覗かせる。
「……貴女がミア・シュタットさんで間違いないですか?」
「……ええ、そうだねぇ。あんたの目的は端から私かい? 一体何の用だい?」
セシルの質問に明らかな警戒感を示すミアの表情からは、既に取り繕うような笑顔は消えていた。
「単刀直入にお聞きします。これに見覚えはありますか?」
そう言ってセシルは持っていたクロスチェーンをテーブルの上へ置き、指をさす。
「!!……これは……ガルフの……」
クロスチェーンを見たミアはすぐに手に取り激しい戸惑いを見せていた。
「これを何処で!? ガルフはどうなったんだい!? あんた、何者なんだい?」
「私はセントラルボーデン軍魔法兵団所属、セシル・ローリエ少尉です。ガルフ氏は先のテロ事件に絡み亡くなられました。私はその戦いの中で偶然そのネックレスを手にしたんです。中身のホログラムを見て、それは貴方に渡すべきだと思い今日お持ちしました」
狼狽するミアに対してセシルは冷静に説明すると、丁寧に頭を下げる。
しかしミアは逆上し、隠し持った銃を片手に、その銃口をセシルに向けた。
「あんたの目的は何だい!!……私は……私はガルフが何時か戻って来てくれるんじゃないかとずっと待っていた……なのに……こんな……」
ミアは震える手で銃を構えたまま、大粒の涙を流していた。まるで十数年分の溜まっていた感情をセシルにぶつけるように叫んでいた。
「あんたにはわかるかい? 愛した男が突然消え、仲間達は一日で政府に殺され、たった一人残された私は、一人で子を育てながら何時かガルフが戻ってくるんじゃないかと一縷の望みに賭けてたんだよ……で、結局その結果がこんな……」
セシルはガルフの最期を思い出していた。手榴弾を咥え、自ら自爆を選んだあの時を。何故そんな壮絶な最期を選んだのか? それはきっと自らの面が割れて、そこから調べが進みミアまで政府の手が伸びないように、自分の正体がバレないように爆死を選んだのだろう。そう思うとセシルはミアに対してどのような言葉を掛ければいいのかわからなくなり、口を噤んでしまう。
「出て行ってくれない? 個人的に恨んだりしてる訳じゃないけどこれ以上あんたと一緒にはいたくない。私がまだ冷静でいられるうちに出て行って」
「あっ、はい……お代はここに置いて……」
「金なんかいらないよ! あんた達から貰うと施しを受けてるみたいな気分になるんだ。だからとっとと出てっくれ!!」
せめて代金だけでも払おうとお金をテーブルの上に置こうとしたが、それさえも拒否されセシルは逃げるように店を後にする。
仕方なく来た道を少し項垂れて戻っていると初めにミアの事を教えてくれた店主に出会う。
「おっ、どうしたお嬢さん。ひょっとしてミアの奴また何かやらかしやがったか? 悪い奴じゃないんだけどなぁ……今度ちゃんと言っとくから勘弁してやってくれないかな?」
「あっ、いえ、大丈夫です。きっと悪いのは私達ですから」
そう言ってセシルが力無い笑顔を見せると、店主はキョトンとした顔をして首を傾げた。セシルはそのまま頭を下げ礼を伝えると駅へ行き、再び高速鉄道に乗って帰路に着く。
『貴重な休暇中に朝から何時間もかけてこんな所まで来て、銃を突きつけられて怒鳴られて。私は何してんだろう? 少しは覚悟してたんだけどやっぱりキツいなぁ……休みなのに心が疲弊するって……』
鉄道で揺られながら暗くなりつつある外を眺めてセシルは一人苦笑いを浮かべていた。
―第一章終幕。
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