第54話 バレスタの攻防⑫

――

「おら、お前達オールドパーソンズは俺達が守ってやってるんだ。早く今月分渡せ」


 とある保護地区で兵士の男がオールドパーソンズの青年を足蹴にし叫んでいた。

 地面に転がり足蹴にされていたのはアナベル・ガイスター。


「まぁお前がちゃんと働けねえなら足りない分はまた姉ちゃんに払ってもらうからな」


 そう言って兵士の男は卑下た笑いを見せ、その場を後にする。


「くそっ、何が守ってやってるだ。俺達から搾取してるのはお前達だろうに」


 男達が去った後、アナベルが地面を叩き感情を露にする。

 だが力を持たないオールドパーソンズであるアナベルには現状を打破する手立てなどこの時はなかった。


――

 虚ろな目をし朦朧とする意識の中、アナベルの脳裏に昔の記憶が蘇る。


「……走馬灯ってやつか? だったらもう少しマシな記憶を見せろよ」


「アナベル、お前……」


 横たわり少し笑みを浮かべ悪態をつくアナベルに対してジョシュアが声を掛けようとするが上手く言葉が出てこなかった。


「なんだ兵隊。哀れんだ目で見やがって……いつもそうだ! お前達のように力ある奴はそんな目を力の無い者に向けて来るんだ!! 俺がそんなに哀れか? そんなに可哀想か?」


「な、何を言ってやがる。俺達はオールドパーソンズの人達をそんな目で見た事なんかない!」


「オールドパーソンズ……力ない者達を古き人々オールドパーソンズって呼んでる時点でもう差別してんじゃねぇか。お前達は『保護してる』『守ってやってる』と思ってるかもしれないが俺達は保護されなくたって立派に生きて行けるんだよ! それを保護地区だとか言って一箇所に集めて保護者ヅラしやがって。お前達は自分達より能力が劣る者達を世話して優越感に浸ってるだけの偽善者なんだよ!!」


 ジョシュアが必死に地中から抜け出しアナベルの言葉を否定するが、アナベルはそんなジョシュアに激高し、傷付いた身体を無理やり起こし立ち上がる。


「俺達はお前達みたいな力ある奴らに搾取され続けてきた……お前みたいに生まれつき能力の高い奴にはわからないだろう、俺達みたいに生まれつき能力の低い者にとってこの世界がどれほど地獄だったかを……だから俺はたとえこの命がどうなろうとこの世界をぶっ潰してやろうと決意したんだ。この偽善と欺瞞に満ちたこの世界を。最高だったぜこの一ヶ月余り……俺はお前の仲間の仇なんだろ? 俺が憎いか? その握った剣で俺の首を刎ねろよ」


 先ほどまで虚ろな目をし肩で息をしていたアナベルだったが、今は狂気をはらんだ目でジョシュアを見つめ強い口調で挑発してくる。

 思わず大剣を握るジョシュアの手にも力が入っていた。


「……ジョシュア……奴の挑発に乗るな……奴には聞かなきゃならん事が山ほどある。確保するんだ」


 離れた所からゲルト少佐が声を振り絞ってジョシュアに声を掛ける。


「まだ生きてやがったのか優男……どうしたジョシュア? 俺は仇なんだろ? 討てよ! 来いよ! それともやっぱり偽善者だから傷付いたオールドパーソンズには手を出せねぇか?」


 ジョシュアは地中から這い上がりアナベルを見つめた。

 そこには両腕を失いふらつき、おぼつかない足で立つアナベルがいた。

 初めて配属されたビーグ中隊の仲間達……初めて出来た部下のオルソン……多くの仲間達を葬ってきた仇が今、目の前にいる。

 だがゲルト少佐が言う事はもっともだ。

 ジョシュアは己の感情と兵士としての務めの間で葛藤していた。

 ほんの僅かな気の迷いが僅かな隙を生み出す。ジョシュアが手をこまねいているとアナベルは

ジョシュアに向かって蔑んだ笑みを見せる。


「お前達に決められるのはもううんざりだ。俺は最後まで自分で決める」


 そう言うとアナベルは爆発の衝撃で鋭利になったベースの残骸に自ら倒れかかった。

 その場にいた全員の動きが一瞬止まる。

 次の瞬間、残骸の鋭利な先端部分がアナベルの身体を貫いていた。


「あっ……」


 その場に似つかわしくない間の抜けたジョシュアの声が響く。

 先ほどまで狂気と怒りに満ちていたその瞳は今はもう光を失っており、その姿を見て一歩二歩駆け寄った所でジョシュアは動けなくなった。もちろん物理的に何かをされた訳ではない。

『結局俺は何がしたかった? 仲間達の仇は討てたのか? 勝てたのか? 国を護れた? 兵士としての責務とは一体?』

 目の前に広がる光景を見て自問自答を繰り返していた。


――

「結局テロリストの死亡で決着したか……」


 少し離れた場所に停めてある車両の中でリオが頭の後ろで手を組み天井を見上げながら少しため息混じりに呟いた。


「そうなんですか? 結局リオさんあんまり実況してくれないから私は結果しかわからないんですけど」


 ユウナが首を傾げて少し不満そうに頬を膨らませていると、リオはえも知れない笑みを見せていた。


「……ふぅ……さて、どうしようかな? ほっといてもいいんだろうけど……回収しとく?」


「だから何の話なんですか!?」


 リオがため息をつき少し考えた後ユウナに問いかけたがやや怒気を含んだ答えが返ってきた。


「ふふ、まぁ行きましょうか」

「へぇへぇ、仰せのままに」

「……あっ、ユウナそっちじゃなくてあっちよ」

「もう! ルートぐらいちゃんと教えてくださいよ!!」


 人気のない荒野を颯爽と一台の車両が走って行く。

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