第36話 激突!! バレスタ⑧

「マーカス! 援護して!」


 セシルが後方に大きな跳躍をしながら叫ぶ。


「り、了解!!」


 突然の事にマーカスは一瞬戸惑いをみせたが即、銃を構えて引き金を引いた。


「だからそんな物は効かねえんだよ!」


 距離はあるもののサミュエルがマーカスの方を向き叫ぶ。


 無論マーカスもそんな事はわかっていた。

 だが援護を要請されて今出来る事なんか手にしている銃で援護射撃する事ぐらいしかなかったのだ。


「じゃあコレは?」


 少し距離を取ったセシルがニヤリと口角を上げそう呟くと、セシルの周りに風が舞い踊る。


風の切裂き魔ウィンドリッパー


 セシルの周りを舞っていた風がカマイタチのように幾重にもなってサミュエルに襲いかかる。


「くっ!」


 サミュエルは咄嗟に首をすくめ、腕を交差させて防御体制をとった。

 鋭いカマイタチが次々と襲いかかり、サミュエルの硬い鱗さえも刻み、血飛沫が舞う。


 やがてカマイタチが止むと、全身に切傷を負いながらも立ち尽くすサミュエルがいた。


「耐えたぞ、小娘」


 そう言ってサミュエルが含み笑いを見せる。

 確かにサミュエルは身体のあちこちに切傷を負い、至る所から出血はしているものの致命傷には全く至っていない。


 しかしサミュエルが防御体制を解いた瞬間、足元に手投げ弾が転がっているのに気付く。


「……しまっ──」


 そこまで叫んだ瞬間、足元の手投げ弾が爆発を起こす。爆風と共に爆音が鳴り響き、辺りを砂埃が覆う。

 まともに爆発に巻き込まれたサミュエルは背後にあった遺跡の壁まで吹き飛ばされていた。


「クソが……」


 サミュエルが吐き捨てるように叫ぶ。

 さすがに至近距離で手投げ弾の爆発をまともに喰らえば、いくら強靭な肉体を持つサミュエルでもそれなりのダメージを負ったようだ。


 このチャンスをセシルが見逃す筈もなく、一気にサミュエルの懐に潜り込んだ。


 サミュエルが気付いた時にはセシルは既に自らの剣に風を纏わせ己の身体に突き立てる瞬間だった。


「ぐはっ……」


 セシルの剣がサミュエルの胸の辺りを貫く。


 しかしサミュエルの目は光を失ってはおらず、セシルを睨みつけていた。


「……!!」

「セシルちゃん!」


 マーカスが叫ぶと同時に鈍い音が響き、セシルの身体が吹き飛ばされる。

 宙を舞った華奢な身体は十数メートル先まで飛ばされて地面を転がった。


「やっと捉えたぜ……ははは……」


 胸に刺さったセシルの剣を引き抜き、尻尾を一度、二度と左右に振りながらサミュエルが笑っている。


 サミュエルの身体に剣を突き立てた時、セシルも細心の注意を払っていた。

 相手の手の位置や足の位置。噛み付いてくる事も想定して顔の位置も把握していた。

 

 しかし尻尾の事を失念していたのだ。

 気付いた時には既に躱せるタイミングではなく、ガードの為に右腕を間に入れるのがやっとだった。


 それでも天性の勘の良さか、尻尾が当たった瞬間、自ら飛び衝撃を幾分か逃がす事は出来た。

 それが派手に吹き飛ばされた要因の一つでもあったのだ。


「……はぁ、はぁ……駄目、完全に右腕は折れた。あばらもやばいか……」


 セシルが上体を起こし、冷静に自らの身体を確認し、呟いた。


「ははは……辛そうだな小娘。さぁ楽にしてやろうか」


 右腕を押さえたまま俯くセシルにサミュエルがにじり寄ってくる。

 しかしその足取りも重く、サミュエルの方もかなりのダメージを負っているのは明確だった。


「はは、さっきから小娘、小娘って、成人してるレディに失礼ね……あとさっきのセリフ、完全に殺られる奴のセリフよ」


 そう言ってセシルはウィンクをして笑いかけた。

 

 次の瞬間、気配を察してかサミュエルが即座に振り向くと眼前にマーカスが迫っていた。

 慌てて右腕を振り回したがマーカスはしゃがんで難なく躱す。


「その尻尾よね? 私を弾き飛ばしたの?」


 丁度後になったセシルが冷たい目をして呟いた。


切り裂く風ウィンドカッター


 セシルから放たれたカマイタチがサミュエルの尻尾を両断する。


「ぐあぁぁぁぁ!!」


「ふん。トカゲが尻尾切られて叫ばないでよ」


 サミュエルが切断された己の尻尾を見て苦しそうに叫び声を上げるがセシルは逆に冷淡な笑みを浮かべて呟いた。


「もう終われよお前」


 そう言ってマーカスは手投げ弾をサミュエルの胸の傷口にねじ込んだ。


 マーカスとセシルが一気に距離を取り、次の瞬間、サミュエルを中心に爆発が起こる。

 サミュエルの上半身は爆散し、その場にはサミュエルの両足だけが立ったまま残されていた。


「大丈夫か、セシルちゃん?」


 慌ててマーカスが駆け寄って来る。


「まぁ大丈夫よ。それよりジョシュアが心配。クリスタルに魔力込めてあげるからあっちを援護してあげて。私はちょっと休息したらすぐに行くから」


 そう言って笑顔を見せ、マーカスのバトルスーツに魔力を供給する。しかし肩で息をするセシルの顔からは多量の汗が吹き出ていた。


「岩陰にでも座って休んでな。ヒヨっ子助けたらすぐに戻ってくるから」


 そう言ってマーカスは親指を立てて駆け出して行く。


「ははは、リザードマン相手に時間掛けてたくせによく言うわね」


 セシルは呟きながら岩陰に身を潜めた。


『マーカスがすぐに行ってくれてよかった。さすがに治療するからってこんな格好見られたくないからね』


 そう言って無事な左手一本で軍服を脱ぎながら痛む脇腹の治療を始めた。


『なんで私はこんな所で痛い思いしながらヌードになってんのよ。私が治癒魔法も使えたら良かったのになぁ……まぁそうなったら私、天才過ぎるか……早く服着なきゃ……誰かに見られたら……さすがに恥ずかし過ぎる……』


 そんな事を考えながら岩陰でセシルが力無く倒れていった。

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