12.強い言葉って自分も痛い

 元はと言えば、人身売買から逃げてきた二十名ほどの子供たちがこの街に居ついたのが始まりだったそうです。

 街のはずれに住み着いた彼らは日に日に勢力を増していき、盗みや恐喝などで街の治安はひどく悪化しました。そんな少年たちに手を焼いた街の大人たちは、ある日彼らに一つの提案をしたのです。


 ――君たちが悪事を働くのは、身よりが無く明日の食べ物にも困る生活をしているからだろう。そんなことを続けていては君たちの末路は盗賊一辺倒。こちらとしてもそんな奴らを野放しにしていたとあっては周囲の街から顰蹙ひんしゅくを買ってしまう。そこでだ、街から試金石テストとして仕事を出させてくれないか? 一つ高価な茶器を任せる。それを誠実に運んでくれたのなら、我々は君たちを信用する。戸籍を与えて住む場所も保証してあげよう


 身分が証明されれば仕事にもありつける。屋根のある暖かい家だって借りられる。明日をも知らぬ日々を送る彼らにとってその持ち掛けは何と魅力的な話だったでしょう。

 話を受けた時、不良集団の頂点に居たのはウィルフレドと名乗る少年でした。誰よりも喧嘩が強く恐れられていた彼は、一日ほど考える時間をくれと返事をしました。


「ヤツは受けたよ。なんだかんだ言っても当時のあの子らは子供だった。先の見えない生活に疲れていたんだろうね」


 ――本当に、俺たちに居場所をくれるのか

 ――ああ、約束しよう


 ところが、このやり取りの裏では密かにもう一つの取り決めが交わされていました。事件は依頼の当日に起こります。

 街の大人たちが託した仕事は、隣街から高価な茶器を一つ運搬してくるというものでした。丁寧に箱に入れられたそれを運んできた不良グループたちでしたが、街まであと少しというところで副リーダーだった少年が、とつぜん地面にそれを叩きつけて割ってしまったのです。


「頬に十字の傷がある少年でね、そいつが街に駆け込んでくるなり『リーダーがやった!』と、騒ぎ立てたのさ」


 街の大人たちはその報告をすんなりと受け入れました。つまり、リーダーには内緒で、彼らと大人たちは最初からコッソリと裏で手を組んでいたのです。

 なぜそんなことをしたのか? 全ては受け入れ反対派の大人たちを黙らせるため。リーダー一人に罪を着せ、それまでの不満のはけ口とする為でした。


「ウィルフレドは信じられないような顔で呆然と立ち尽くしていたよ。孤児たちは用意されたシナリオ通りにうそぶいた」


 ――テストは失敗したけど信じてください、茶器を壊したのはリーダーなんです

 ――もう僕たち、あいつには付いていけません! お願いです、助けてください!

 ――アイツは俺たちが付いてこなくなるのが怖かったんだ

 ――今までの悪事は全部ウィルフレドの指示で、あたしたち嫌々やらされていたんです! いう事を聞かないと殴られたの!


 リーダーは一言も弁解せず、ただ震える拳を握りしめて俯いていたそうです。

 やがて住民の一人が足元の石を拾い上げ、彼に向かって投げつけました。その数は一人、二人と増え、やがてリーダーは街の人たち全員から石を投げ付けられ追い出されました。


 その後、残された不良集団は心を入れ替え一生懸命働きました。溜飲の下がった大人たちも労働力として彼らを徐々に受け入れ、この街には平和が戻ったそうです。


 本当は何の価値も無かった茶器一つと、全ての責任を被った一人を犠牲にして。


 リーダーの行方は分かりません。それ以降、彼の消息は誰も知らないそうです。


 ***


 話が終わった後、私は自然と立ち上がっていました。わなわなと震える体を抑えられずに、視線の先にあるおかみさんのうなだれた頭頂部を見下ろします。


「……私は、あなたたちを軽蔑します」


 自分のどこからこんな声が出せたのかと思うほど冷たい声が出ました。彼女はこちらと視線を合わせようとはせず、そっと目を伏せます。


「今さら許しは乞わないよ……あたしもあの子に石を投げた一人だ」

「っ、」

「でも、これでよかったんだと思う。全てを丸く収めるためには仕方なかったんだ……大人になればあんたにも分かるよ」


 カァッと全身に熱が巡ります。子供扱いされたとかそういうのもありますが、当事者の居ないところで勝手に終わらせようとするその姿勢が、私には許せませんでした。

 私にだって分かっています、そのリーダーが何の罪も犯していない潔白の身分だったとは言えないのでしょう。ですが、騙して追い出すような真似なんて……っ


 やるせない気持ちが爆発しそうで、この場に居ることすら我慢できませんでした。足音荒く路地裏から出ようとした私の背中に、弱々しい声が掛けられます。


「ねぇ、探してるってことはあんたヤツの知り合いかい? ウィルフレドはどこかで生きて――」

「あなたたちにそれを知る権利はないですよね!! 厚かましいっ!」


 反射的に振り返って言うと、おかみさんは黙り込みました。じっと見つめていると彼女は哀しそうに笑いました。声を出さずにその口が「ごめんね」と小さく動きます。


「あ……」


 その瞳を見た瞬間、私はおかみさんを深く傷つけてしまった事が分かりました。哀しさと苛立ちが募ります。分かりたくなかった、分からないでいれば憎んだままでこの場を去れたのに……。

 爪が食い込むぐらい拳を握りしめた私は、ちょっとでも気を抜くと嗚咽になってしまいそうな声を奮い立たせます。


「ウィル、フレッ……さっ……、ウィルフレドさん、はっ、こんな街にはもったいないぐらいです! もったいないくらい立派な人になってますよっ!! ざまぁみろ!」


 それだけを吐き捨てて、路地裏から飛び出します。

 なんだかもう、色んな感情がぐちゃぐちゃになってしまって、気づくと街中を疾走していました。入ってきた門めがけて走り抜ける最中、中央の広場で和やかな親子の会話が聞こえてきます。


「お父さん力持ちー! ねぇもっと、もっと高くぅ!」

「あはは、お父さんはヒーローなんだぞぉ」


 走りながら何気なくそちらを見ると、まだ若い父親が白いワンピースを着た女の子を肩車して笑っているところでした。彼の頬に十字の傷があるのを見た私は、思わず足を止めます。昼下がりのゆるい空気が、急に凍り付いて肺の中へと入ってくるようでした。


 ――頬に十字の傷がある少年でね、そいつが街に駆け込んでくるなり『リーダーがやった!』と、騒ぎ立てたのさ


 幸せそうな一家でした。近くには優しく微笑んでいる母親が居て、一枚の絵のようです。希望に満ちあふれ、これから先何の不安もなさそうな、


「嘘つき!」


 私がとっさに叫ぶと、その人はギョッとしたように振り返ります。

 私は奥歯を噛みしめ、真っ向からにらみつけてやります。目からボロボロと涙が零れ落ちていましたがもはやどうでも良いことでした。


「ウィルフレドさんに面と向かって言えますか! 自分がヒーローだなんて!! 恥知らず!」


 それまで怪訝そうなだけだった表情が、その名を聞いた瞬間、明らかにギクリと強ばりました。あぁ、私は何てひどいことを、せめて娘さんの居ないところで言ってやりたかった。


「ちょっとやだ、なにあの子……」


 奥さんが寄ってきて、不快感をこちらに向けてきます。その時には周囲の人たちもざわざわと騒ぎ出していましたが、私の怒りは止められませんでした。


「卑怯者! 卑怯者ぉっ! ウィルフレドさんに謝れバカぁぁ!!」


 捨て台詞のように叫んで、踵を返して逃げ出します。背後から追いかけて来ようとする奥さんの声が聞こえました。


「ちょっと、待ちなさいよアンタ!」

「いい……」

「だってあなた――」


 もうその頃には、私は雑踏の中に紛れ逃げていました。

 しばらく方向も分からずに逃げた後、街のはずれでべしょりと転びます。誰も声を掛けてこないのを良いことに気の済むまでその場で泣き続けたのでした。

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